ハミンナのムールルが、芽吹の焔輝に赤い光を投げかける。当然のように回避した彼は、空中を滑るようにして接近、青い機体を蹴りつけた。
「何がしたい、ザハッドナ!」
思わず彼はそう問いかけていた。
「貴様を殺す、それだけだ!」
白刃が魔力を散らし、斬り結ぶ。二、三度打ち合った後、射撃の応酬へ移る。攻撃端末からの連続した攻撃は、全て荒れる海を叩くのみ。
(これが、新型の威力!)
カムルは舌を巻きながらひたすらに撃ち続けた。それも当たらない。距離を取ろうとしたハミンナは、容易くそれを詰められて、加速を乗せた一撃を受け止める。
スーッ、と刀は滑っていき、青い機体の剣を一本、絡め取った。
(ハミンナ、応えて!)
機体と思惟の間にラグがあるのを、彼女は感じる。後一秒、いや、十分の一秒速ければ、と思わせる。残った右の剣で斬撃を捌きながら、ムールルを回り込ませる。だが、実戦経験から来る勘という、彼女がそう簡単には得られないものを以て芽吹は避けてしまう。
十年。その間、大原芽吹は生き残り続けた。故に、強い。強いから生き残り、生き残るから強くなる。そのスパイラルの中にあるこのエースは、物理的な側面以上に、精神的にカムルを追い詰めていた。
合流してきた更なる焔輝が、ダヌイェルを墜としていく。ザハッドナは未だ、戦艦に食らいつくこともできていない。
(無駄死になんて……させるわけには!)
だが、現実は残酷に命を破壊していく。ムールルも撃ち落とされる。残り二つ。近くに呼び戻す。
一つ、カムルにとって幸運だったことは、近接戦闘の心得を軍学校時代に叩き込まれたことだ。それは芽吹とて同じことだが、一方的に殺されない程度の実力を与えてくれていた。
苦し紛れの蹴撃は、まるで子供をいなすように躱され、逆に隙を晒す格好となったその脚は切断された。
「なぜ暴力で世界を変えようとする!」
思わぬ問いかけに、カムルは
「その力で帝国を踏み躙ったのは貴様らだろうに!」
と言い返した。
「戦争を始めたのは帝国だ! それで負けたなら、報いを受けるべきだろう!」
「よく喋る!」
議論はやめて、砲撃。兎に角砲撃。しかし、弾幕の密度も一発一発の威力も、焔輝の方が上だった。全砲門を一点に集中させての一撃は、ムールルの展開した障壁を、あたかも紙を刀で突いたかのように貫通し、ハミンナの左腕を奪った。
「カムル、撤退しよう」
セオから急に通信が入る。クーウナの方も全てのムールルと、左脚を喪失していた。
「全滅しそうだ」
動けるダヌイェルは四機。
「……アフェムへ。退く」
追撃を掛けようとした隼人を、芽吹が制止する。
「あいつらは確実に補給を受ける。焦らず待てば、釣り上げることができるはずだ」
隊長の言葉を受けて、彼は帰途についた。
◆
悔しさ。自分は芽吹のいるステージには至れないのだという、自分への嫌悪。そういうものを抱えながら、カムルは部屋の壁を殴った。
(なんで、私と芽吹は何が違うって言うの⁉)
殴らなかった方の手は、細かく震えている。あるとすれば、経験というどうしたって埋め得ない差だ。いや、それだけではないだろう。彼女自身が薬理的に強化されていて猶、芽吹という存在が持っている天性のパイロット適性は越えられないのだ。そして、性能という壁。
(今のハミンナは、敵の新型を相手にするには足りない。用意させるんだ、新しい力を)
血涙の仮面をつけたままの彼女は、煌びやかな部屋を後にして、格納庫へ向かった。その道中、パイロットの控室を抜ける際、
「あ、カムルじゃん」
とセオに声をかけられたのだった。
「オと呼べ」
「本当の名前で呼んであげてるんだよ」
彼は右手にローストビーフサンドを持ち、左手に炭酸飲料の瓶を保持して椅子に座っていた。
「僕たち、もう終わりかもね」
一人異質な雰囲気を纏う彼の存在に、他のパイロットは耐えきれなかったようで格納庫に移っていた──それを思わせる、臭いのようなものを発している。
「補給は絶望的。残ってる資材を掻き集めても、精々五回出撃できるだけ。これ以上は無理だ」
まだ大きなサンドウィッチを、彼は一気に頬張って飲み物で流し込む。
「どうするつもり? カムル隊長」
試すような視線だ。
「ハミンナを強化させる」
その答えが満足いくものであったのか、彼女に確かめる術はない。ただ、不可思議で乾いた目によって、心を射抜かれそうな感覚を与えられただけだ。
「芽吹を抑えるだけの力は手に入るかもね。そしたら僕らにも活路はある……この島を脱出して、鉱山に戻るっていう選択肢がね」
「それは老人と決めることだ。お前とではない」
「でも、そうするつもりだったでしょ?」
仮面の戦士は明言を避けて目を逸らした。
「ま、僕は鉱山に戻りたくはないかな。ここにいる方がヒリヒリして楽しいよ」
「戦争に楽しさなどと」
「前にも言ったよね、それ。まだ理解できない?」
「ああ、全く」
セオは瓶のキャップを弾き上げ、ゴミ箱に入れる。
「そろそろ黒鷲隊の一人でも殺してよ。見限っちゃうよ」
「見限ったとて行き場所などないだろうに」
戯言にも飽きて、彼女は格納庫への扉に手をかける。
「……一つ、訊いておきたい」
開ける直前、そう口にした。
「何が、お前を楽しませている」
「んー……生きるか死ぬか、その境界線に命を晒す快感? 自分でもよくわからないけど、楽しいものは楽しいんだよ」
「そうか。無駄死にはするなよ」
思い描く新たなる力を胸に、彼女は戸を引いた。
◆
ドグラ連邦東部、ドーセッジ遺跡。雪の舞うこの土地で、大規模な発掘調査が行われていた。
「これは……」
クレーンに吊るされた、人型兵器らしい遺物。酷く退色して元の色は窺えない。だが、現場に置かれた魔力探知機は悲鳴のような警報を上げていた。
数時間後、集められたパーツは簡単な解析にかけられた。
「どうだ」
髭面の考古学者が、若いエンジニアの後ろから言った。エンジニアの前の画面では、様々なデータが映し出されている。
「全高二十五メートル。赫灼騎兵より一回り大きい……機体コードはディヴァイノス……千年前、魔導大戦期にニザラ島で作られた兵器です」
「間違いないな」
「ええ。魔力炉はスリープ状態ですが、再起動は不可能ではないかと」
「これで暗黒時代に葬られた歴史を知ることができる。ああ、神よ……!」
学者は高揚した様子で窓の外を見た。黒い空から白い雪が降りている。
「しかし、ほんとに魔力炉を動かすんですか?」
「魔力炉は赫灼石とは根本的に異なる動力源だ。赫灼石に頼らず魔力を取り出せるとなれば、世界平和に繋がると思わないか?」
エンジニアは画面に目を戻した。
「何か裏があると思いますけどねえ」
彼は淡々と端末に入力を繰り返す。
「起動にはどれだけの魔力が必要そうだ?」
学者は興奮冷めやらぬという表情で問う。
「試算……と言うにもお粗末なものですけど、多分、赫灼騎兵一機分の出力は必要でしょう。安定するかはわかりませんが……まあ、いきなり爆発するようなことはないですよ」
暖かいココアを飲みながら、若人はカチリとスイッチを押す。
「でも、その前に復元はしないと怖いですね。魔力の伝達回路も劣化していると思いますし……そこからエネルギーが暴走して何が起こるかわかりませんよ」
「焦ることはない。これは人類の未来のためだ。どんなに時間がかかっても、いずれ平和を齎してくれる……」
平和平和、と語る上司に対して、彼は半ば呆れた心を向ける。そんなことで世界を救えるわけもないだろう、という不安はどうしたって拭えない。
「懐疑的だねえ。そんなに平和に興味がないのかい?」
「別に……連邦は直接戦争してるわけないですから」
「帝国がいつここに牙を向けるかわからないだろう? そうならないために、私たちは未来を切り拓かなければならないんだ」
高邁な理想を掲げることを否定するわけではないが、そんなものが現実を変えられるのか、と思いながらエンジニアはディスプレイと睨めっこを続けていた。
「復元チーム、まだ来ていないんでしょう?」
「少し時間がかかるそうだ。政府の中で古代兵器の復活を恐れる声が出てね……」
「何でもいいですけど、面倒な手続きを踏まないと動けないんですね」
「そう言ってやるな。我々も国家に属している以上は、国民の意思を無下にするわけにはいかない……」
降り積もる雪が、赤い光の一撃で消えることを、二人はまだ知らなかった。