「ザハッドナは撤退の動きを見せている。叩いてくれ」
冬弥司令からの通信を聞きながら、芽吹機はカタパルトのシャトルに足を嵌めた。
「隊長の読み通りっすね」
第二カタパルトにいる隼人から通信が入る。
「あいつら、まともに戦えないんじゃないっすか?」
「私語は禁止──一番機から管制室へ。二番と同時に出撃したい。カタパルトの同期を頼む」
「了解。チャージ完了まで後四十五秒」
確かな駆動音を聞きながら、芽吹はディスプレイに表示された射出機のパワーを確認していた。
「射出準備完了。コントロールをパイロットに譲渡」
「黒鷲隊、出る!」
鳳凰級戦艦紅雀の、両舷に備わったカタパルトから、黒い右肩の焔輝が出撃する。
「一番から黒鷲隊各機へ。先行するが、ツーマンセルで敵を潰していけばいい。無理はしないように」
「了解」
四つの声が重なった。それも置き去りにした頃、白狼隊の赫天が見える。既に交戦状態に入り、激しく火花を散らしていた。
「こちら黒鷲隊。戦闘に参加する」
「助かります」
一足先に戦場に到着した二機は、大まかに敵の動きを把握する。天炎島から西へ、恐らく帝国領内に向かっている。包囲網を突破するために戦力を一点集中させ、トンネルを突っ切ろうとしているのだ。
「こちら瑞希。赫耀を使う。射線上から退避せよ」
白狼隊の母艦から通信が入る。ひと際大きな魔力反応が生じて、芽吹は奥の手を使うことを予期した。
「二番、聞こえたね」
「うっす」
少し離れた場所に見える鳳凰級の艦首に、赤い光が灯る。放たれれば、ザハッドナの戦艦とて耐えきれない。島を覆う障壁の中にいても爆散するだろう。しかし、その時は来なかった。
ダヌイェルの一機が、砲身に飛び込んだのだ。そのまま赫灼石をオーバーロードさせ、自爆。船の方はフェイルセーフが働いて轟沈こそしなかったが、黒い煙が上がり始めた。
(恐ろしいな、テロリスト……)
死にに行くようなことは、兵法に於いて邪道だ、と芽吹は思っている。それを平気で犯す──いや、犯させられたのだろう。そういうアンエクスペクタブルな行動を見て、汗をかいているのを感じた。
「青だ!」
白狼の叫ぶ声が聞こえる。改修を受けた青い機体、ハミンナ・メルガが現れていた。
(ムールルが盾になってる……魔力砲も追加されてるな)
冷静な観察の後、
「二番、俺はハミンナを墜とす。赤いのとかそういうのを頼む」
「うっす」
一気に増速して、拡散魔力砲を放つ。その小さな魔力弾の数々は盾に吸われ、むしろ反撃を呼んでしまった。二門ずつ配置された背部と腰部の魔力砲が、一斉に火を噴いたのだ。
芽吹も芽吹で、左腕の障壁で受けるのではなく、捻り込むようなマヌーバで躱し、あっという間に剣戟の距離に持ち込んだ。
「何人殺すつもりだ!」
彼は叫んだ。
「崇高なる目的のために戦っているのだ、多少の犠牲は致し方あるまい!」
「多少もクソも!」
命の多寡で価値を決めるつもりはなくとも、どこか命を単なる数として見なければならなくなる。全てを救うことなど出来ないのだから。だが、芽吹は、この若い隊長は、その不可能を成し遂げたかった。
両手で太刀を握り締め、左下から斜めに斬り上げる。その過程で大剣とぶつかり、押し合う。すぐさま刀を引っ込めて、今度は上から振り下ろした。これもまた、防がれた。
ダヌイェルからの横槍を躱し、それを撃ち抜いている間に、ハミンナは離れていた。そして来る、全砲門の一斉射。一か八かのロールで回避に成功した彼は、背部魔力砲で応射した。
戦いながら、彼は簡単な仮説を立てる。相手はムールルを二基減らしている。ならば、その補給に回す分の魔力を他に供給できるはず。
(火力か機動力か……何でもいいけど、これまでとは違う!)
大剣を振り翳し、迫るハミンナ。頭部機関砲の牽制も、マルチランチャの弾幕も意味を成さず、逃げの姿勢で勝利がないことを彼は確信した。
彼にミスがあったとすれば、榴弾を使ったこと。煙が生まれ、僅かだが視界を塞ぐ。その間、ムールルが背後に回っていた。芽吹とて、察知してないわけではなかった。魔力探知機に小さな反応は映っている。だが、斉射の構えを見せた相手を前に、防御すればその間隙にムールルが、回避を
どちらのリスクが小さいかを判断するまでのゼロコンマ一秒。全てを回避できるほんの一握りの可能性に賭けた彼に、攻撃はなかった。二基のムールルは急上昇し、上にいた隼人に襲い掛かる。
「二番!」
「うす!」
それを撃墜せんと赤い機体から目を離した彼の背中に、
カムルは、セオを餌にした。部下の危機となれば、芽吹は必ずそちらに向かうと踏んでの作戦だった。小型攻撃端末への対処に追われる隼人に、砲火を浴びせる。一射目は障壁で受けた左腕ごと吹き飛ばし、ムールルも交えた二射目は両脚を奪う。三射目は、榴散弾を混ぜて機体のセンサ類を潰す。
「二番、退避だ!」
推力が大幅に減少した状態で、どこに逃げるというのか。背中のスラスタだけで回避行動をとろうとした瞬間──ムールルから離れた光が、コックピットを貫いた。
「二番! 応答しろ! 二番!」
虚無。
「隼人!」
赫灼石が破壊され、爆発が起こる。先程まで動いていたものが破片となって荒れる海に叩きつけられる。
わなわなと、芽吹の手が震える。初めて経験する、戦友の死。視界が振動する。息が荒くなる。
「……お前はアア!」
怒気を表に出して叫びながら、ハミンナを襲う。
「思い出したか! 復讐の味!」
煽るようなカムルの声を聞いた彼の頭に、これ以上ないほど血が上る。茹ってしまいそうだった。逸る血潮に任せて一斉射を放つ。盾を融解させたがそれだけだ。
「しかし、これまでだな!」
カムルは芽吹を背を向け、飛翔する。ダヌイェルを撃破したばかりの玲奈機の脚を切りつけ、奪う。それを追跡しようとした彼の耳を、冬弥の声が打つ。
「撤退だ」
「何故⁉」
そう言った彼は、遠くで戦艦が沈んでいるのを見た。
「こちらも損耗している。奴らが引っ込むなら、これ以上損害を出すわけにはいかない──と、上は考えている」
歯軋りし、スティックを握る両手に力を籠める。
「……了解」
数十分後、機体から降りてロッカールームに入った芽吹は、壁を殴った。拓海も斗真も光輝も、居た堪れなくなって出ていく。
「オ・ジガァ……!」
十五年前、子供だったあの日に炎を見た時の、産声を上げたばかりの憎しみに飲まれた顔で、新たなる仇敵の名前を呟く。
二、三度そうしてから部屋を出れば、菱形が待っていた。
「隼人、が帰ってきていないんです。少佐、隼人は、隼人は!」
暫し彼は口をモゴモゴと動かし、そして、
「助けられなかった」
と小さな声で言った。
「本当に、本当に申し訳ない。俺が甘かった」
深々と頭を下げた彼に、菱形はかける言葉を見つけられないでいた。漸く開かれた口から、
「そう、ですか」
という息のようなものが出てきた。
「……覚悟は、していたつもりなんです」
涙の滲む目で彼女は言う。
「でも……こんなのって、ないですよ」
哀しい、辛い、苦しい。そういう言葉は、芽吹の中で泥濘の泡沫のように浮かんでは消える。だが、その感情を数えきれないほど与えてきたのも自分なのだ、という自覚が、彼に言葉を紡がせないでいた。
「オ・ジガは、殺すよ」
せめて言えるのは、それだけだった。