「勝算はあるの?」
カムルの部屋を訪れたセオが、牛乳瓶を傾けながら問うた。
「ゼッセノーアなら、ダヌイェルで十分対抗できる。油断しきっていると思われるから、奇襲すればあっという間だろう」
背を曲げ、低い所で指を組んでいる彼女は、仮面の下で、先日流れ込んできた思考について考えていた。以前にも同じことがあった。船を沈める直前、何か、老人を正当化していた。
(私は、何?)
誰に向けたわけでもない問いかけだ。
「そういえば、クーウナはゼッセノーアの設計データを参考に作られたんだったね。確かに、こっちが有利かも」
ツァンドゥが持ってきたゼッセノーアが、クーウナシリーズの礎となっている。彼がいなければ今のザハッドナはないだろう、とカムルは思っていた。
「でも、油断はよくないと思うな」
「事実だろう」
「それが油断だ、って言ってるんだ。性能だけが全てじゃない。芽吹のようなエースがいるかもしれないじゃないか」
思いもしない反駁を受けて、カムルは黙ってしまう。
「……そうか。心に留めておこう」
それだけ返して、彼女は立ち上がった。
二日後、深々と雪が降る発掘現場の上空に、有翼の戦艦が二隻現れた。臨戦態勢に移ったゼッセノーア数機とは対照的に、発掘班は呑気なものだった。
「軍の新型……じゃあなさそうだが」
髭面の考古学者が呟いた。
「ザハッドナだ!」
白と赤の機体から、声が飛ぶ。
「非戦闘員は退避! 戦闘が始まるぞ!」
斧槍を握った機体が、高度を上げていく。
一方で、ザハッドナ。カムルも出撃準備を整え、カタパルトデッキの上に立っていた。眼下には、組み上げられたばかりの人型魔導兵器がある。赫灼騎兵とは比べ物にならない魔力反応を放っていた。
「あれが古代兵器……ディヴァイノス、だったか」
そっと呟いた。その後、部下の機体との回線を開く。
「なるべく地上に向けた射撃を行うな。機体も爆発させない様に。今回の作戦の目的は、発掘された兵器の奪取だ……ダメージを与えたくない」
幾らかの返答を受け、彼女は、
「降下開始!」
と叫んだ。アフェムの障壁から出た瞬間、ゼッセノーアの背部に搭載された魔力砲から、赤い光が襲い掛かる。回避に回避でハミンナは間合いに潜り込み、相手の右腕を奪った。背後に回り込み、スラスタユニットを斬りつける。機動力を損なった機体を蹴り飛ばし、もう片方のスラスタを胸部魔力砲で撃ち抜いた。
そのゼッセノーアは、振り向いてハミンナを墜とさんとするが、デッセムールルでパイロットだけを殺されて沈黙した。
後に続く、ダヌイェルの列。肩に仕込まれた、魔力砲付き隠し腕で応戦する連邦軍も、数の暴力の前には屈するよりないように見えた。しかし、一機、緑の機体を次々に斬り裂いてアフェムに向かう機体があった。
特別な塗装などされていない、平凡な機体。それでも、そのパイロットは何の躊躇いもなくクーウナの群れの中に飛び込み、今、一機穿ったのだ。
「隊長!」
「私がやる!」
地上に向かっていたカムルは方向転換。エースを追った。フレームが悲鳴を上げるほどの加速で上昇していくハミンナに、彼女は我慢してくれと念じる。重量が増し、それを推力で補っても、基礎的な骨組みに手を加えたわけではない。従って、最大加速はどうしても負荷がかかってしまう。
青い機体の背部の砲が、ゼッセノーアに狙いを定める。空気抵抗で僅かに揺れる長い方針から、魔力が吐き出された。だが、相手は勘でそれを躱し、応射してくる。
「使いたくはないが……ムールル!」
両肩から分離した攻撃端末は、機敏な機動で紅白の機体を挟み込む。だが、当たらない。芽吹ほどか、という鋭さの直感で回避を続ける相手に、カムルは驚嘆しつつも舌打ちした。
相手は戦艦への攻撃を諦め、カムルを殺すことに決めたようだった。ぶつかり合う大剣と斧槍が、魔力コーティングを削りながら火花を散らす。
カムルは相手の得物を滑らせ、回し蹴りを繰り出すも、頭のすぐ上を過ぎるだけだった。むしろ、そうして出来た隙を突かれてしまうところだった。
一旦距離を置いたゼッセノーアが、刺突の構え。カムルは選択を迫られる。退くか避けるか──否、前進。穂先が刺さる前に機体を回転させ、彼女は後ろに回った。その勢いのままに胸を一文字に切断する。爆発が、暗い空に咲いた。
「……いるとはな」
発掘現場に破片が降り注ぎ、二人ほど潰される。
「こちらハミンナ。敵ザヘルノアを排除。歩兵部隊を投入せよ」
それからは、速かった。着陸したアフェム級から降りた歩兵は、迅速に発掘現場を押さえ、研究者たちを拘束した。
「我々は、ザハッドナである」
それも終わって、ハミンナの前にスタッフが集められた頃、スピーカをオンラインにしてカムルは言った。
「この魔導兵器は頂いていく。その復元に際し、諸君の力を利用させていただきたい」
「誰が!」
髭面の考古学者が叫ぶ。
「テロリストに協力などするものか!」
「だが、他にどのような選択肢がある?」
その冷徹な一言は、学者やエンジニアたちを凍り付かせた。
「諸君の命は私たちが握っている。反抗するなら殺しても構わんのだぞ」
「し、しかし! 私たちの力なくしてディヴァイノスの復元はできない!」
「フッ、正論を吐く余力は残っていたか」
嗤笑の声を漏らしながら、彼女は次の一手を決めていた。いや、『決めさせられていた』。
「諸君の家族の居場所は掴んでいる。賢明な判断をすることだ」
暫し、沈黙。
「……娘に、手を出さないのだな」
髭面が震える声で言った。
「約束しよう──連れていけ」
ライフルに脅されて進む彼らに、形容しがたい感情で視線を送る。これで正しいのだと、何度も言い聞かせる。それでも、人質を取る行為が正義に繋がるとは思えなかった。
「古代兵器を収容しろ。撤収だ」
◆
それから、少し時間が過ぎた。全速力で連邦の追撃を振り切ったアフェム級は、鉱山に帰り着く。その工廠で発掘された大型古代兵器の復元が始まっていた。
「青い方は、コードネームを、ニニルーとする」
その様子を見下ろしていたカムルは、淡々とそう言った。帝国語で『醜い』を意味する言葉だ。
そう、不名誉な名前を与えられた兵器は、なるほど、人型からは少し逸脱していた。両肩には二つずつ砲撃ユニットが飛び出しており、前後に長い腰の後ろにはムールルが取り付けられているが、それだけでなく前方に向かっても砲が備え付けられていた。
だが、その最も目立つ特徴は前腕だろう。指はなく、中央に大型の砲を持ち、それを上下から挟むようにクローがある。研究者が言うには、ムールルとして運用できるとのことだった。
「魔導通信は使えるのだな?」
彼女に呼び出された技術者が頷く。
「ムールルの制御は、問題なく。ですが、一つ注意して貰いたいことが」
「なんだ」
「搭載されているのは魔力砲ではなく魔導砲……おそらく、魔力を粒子に変換して粒子ビームとして放つ兵器です。発熱が魔力砲に比べて大きいのですが、我々の技術ではその排熱システムを再現しきれません」
「連射は利かないということだな」
「アルシリーズくらいのパワーならそれで済むんですが、ニニルーとライハの場合、排熱に回すエネルギーを確保できなくてですね……最悪の場合、射撃ユニットの融解が自爆に繋がります」
その男はペンの頭で蟀谷を押した。
「取り替えられるものは、魔力砲に換装しろ」
「誰が乗るんです?」
「私だ」
男は言葉を失い、少しの間固まっていた。
「だが、今はアルシリーズの復元を優先してくれ。遠隔制御システムは、私のハミンナに搭載するんだ」
「はあ……」
そこまで言って、カムルは技術者に背を向けた。
「急げよ。時間はあまりないからな」
左腰にサーベルがあることを確かめながら、彼女は艦に戻るのだった。