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テスト開始

「首尾は上々、と言ったところか」


 アフェムのブリッジで、カムルと艦長は老人と話していた。


「アル=サヴァランが二十六、アル=エルゼンが十八……十分だな」

「あの小さい奴が、それほどの性能を持っているのか?」

「魔導大戦の時代、古代文明は我々以上の技術力を有していた。皇国の新型にとっても、アルシリーズは脅威だろう」


 暗い画面に、赤い魔導義眼が光る。


「魔力炉の起動実験を、明日行う」


 急な決定であっても、この幹部二人は従うしかない。


「四十四機、一斉に動かすのか」

「まずは一機でいい。魔力炉が一つ起動すれば、そこから魔力を供給させることで連鎖的に動かすことができるからな。各個体ごとの調査はそれから行うこととする」


 無人兵器を運用する、というザハッドナの路線に対し、カムルはやはり危機感を抱いていた。人の介入しない戦争を引き起こすのではないか、と。


 だが、その思考を見透かしていたカジャナは、腰のボタンを押す。途端、カムルの脳内に誰かの思惟が流入した。そして、恐れは消え去る。


「……わかった。起動を行わせる」


 気が付けば、そんなことを言っていた。仮面の下、目を歪ませながら。


 あくる日。鉱山の一角に作られた地下施設に、アル=サヴァランという白い無人機が運び込まれた。


 改装を終えたそれは、腕部と背部に魔力砲を、胸部には障壁発生装置と一体化した魔導砲を持っていた。携行武装として開発されたのであろう、射撃機能付きの剣も近くに立てかけられている。


 兵器の大まかな大きさは、十五メートルほど。胸部は小さく、人が入るスペースはどこにもない。だが、それに比して長い脚にはスラスタが詰まっており、背部の主推進機関と合わせ、データ上は焔輝にも並ぶ機動性と運動性を齎すという。


「アル=サヴァラン、第一号機。起動実験開始」


 スピーカから声が響き渡る。ダヌイェルと連結させられた一機の他、それと向かい合うように、サヴァランから魔力伝達路を結ばれたもう一機のサヴァランがいた。


「いよいよですね」


 カムルの隣で、カジャナが囁いた。その顔は、新たなる力を心の底から誇っていた。明るすぎるライトが照らす白い機体は、静かにその時を待っていた。


「魔力伝達路接続。クーウナ・ダヌイェル、起動」


 何本ものコードが繋がれたダヌイェルの抽出器が動き出す。この為に改造された機体は、装甲の殆どを取り去られ、様々な箇所にハッチが増設されていた。


「出力安定。魔力供給開始」


 白亜の装甲が振動を始める。


「魔力炉、出力増大。コアの活性化まであと六十二パーセント……」


 千年前の魔導大戦が終結した後、文明は二百年に亘る暗黒期を迎えたという。それが再び訪れることのないよう、カムルは黙って祈っていた。


「五十パーセントを切る。四十五、四十──」

「次の時代を開くのは我々です」


 そう語るカジャナの表情に、彼女は少し居心地の悪さを感じていた。皇国を潰すことは正しく、そのために新たな力を求めることも正しい。そう、『思わされていた』。だが、心に燻る一つの何かが、それを否定しようとしている。


「十五、十、五、零。……コアの活性化を確認。魔力炉、起動」


 ゴウンゴウン、と呻るような音が聞こえてくる。アル=サヴァランの各部から排気が行われ、実験室は俄かに熱を持つ。


「出力、想定値の六十から七十パーセントを維持。実用範囲内」

「異常発生。増幅システムの破損」

「想定内だ」


 慌て始めた研究者たちを、どこからか見ていたマナエが一喝した。


「どういうことだ」


 カムルは小さな声でカジャナに尋ねた。


「魔力炉は、コアと呼ばれるエネルギー源から得た魔力を、光エネルギーを利用して増幅するものです。恐らく、その増幅に係るシステムに異常が発生したのでしょう」

「なるほどな……」


 そんな彼らを無視して、サヴァランは熱気を吐き出し続ける。


「ニザラ島の遺跡に、増幅システムに関するデータがある。ヤガの次はニザラだ」


 自分の知らない所で組織は動いている。その事実が、カムルを揺らす。


「コアとは、何だ。どこから魔力を取り出している」

「さあ……」


 彼女の問いかけに、カジャナは言葉を濁した。知らないだけなのか、知った上で隠しているのか。前者だろう、と特に根拠もなく彼女は判断した。


 老人が何故ニザラの遺跡について知識を有しているのか。彼女は知っていた。セツラナ・ソルド。ニザラ島に拠点を置く第八艦隊の司令だったその老人は、個人的な興味から史跡に関する資料を集めていたのだ。その当時から古代兵器の復活を志していたかは定かではない。


(『成し遂げる人セツラナ』なんて名前で、やることは戦争)


 そこまで考えて、頭痛に襲われた。


(皇国を滅ぼすんだ。そのためなら、なんだって……)


 僅かに痙攣する左指。サーベルの柄を握って、収めた。


「このまま、二号機の起動実験に移行。一号機魔力炉、出力安定」


 一号機の魔力炉で取り出された魔力が、伝達路を通じて二号機のそれに送り込まれる。コアという『何か』がどのような見た目をしているのか、とカムルは空想する。


「魔力供給量、当初の想定の六十八パーセントで安定」


 予想通りのパワーが出ないことを想定して、技術者たちは赫灼石を用いたキャパシタを用意していた。そこに、起動に必要なだけの魔力を蓄積させておくのだ。


「キャパシタの魔力充填率、八十五パーセントに到達。計画に従い、放出を開始」


 二号機もまた、熱気を排出する。


「連鎖起動実験、成功を確認。三番機以降の起動実験に移行──」





 全ての機体が稼働できることを確認するまで、五日ほど時間を要した。その後、アルシリーズを積めるだけ積んだアフェム級三隻は、ヤガ地方に向かった。


「出撃地点に到達。各機、発進用意」


 オペレータの声を聞きながら、カムルは乗機の足をカタパルトのシャトルに乗せた。


 彼女のディスプレイの上には、アルシリーズを管理するウィンドウも表示されている。配下にはアル=サヴァランが十機、砲撃型のアル=エルゼンが十機だ。その代わり、ダヌイェルは殆ど連れていない。


「今回の作戦目的は、飽くまでアルシリーズの実戦テストです。アルシリーズを無事に持ち帰ることを優先してください」

「わかっている」


 カジャナに対して簡潔な返事をした彼女は、射出タイミングがパイロットに譲渡されたことを確認した。


「ハミンナ・メルガ。作戦行動を開始する」


 時速数百キロに加速した青い機体は、白い無人機を連れて高度を落としていく。


「制御システムそのものはムールルの感覚で扱えるはず……行け! エルゼンたち!」


 アル=エルゼンは背部と右腕の連射式魔力砲で弾幕を展開する。赤い光弾が遥か下に広がる基地に落下するも、障壁に防がれて霧散する。


「上がってきたか!」


 魔力探知機に映る、光点。赫天だ。砲撃に対しては、サヴァランが前に出て、胸から広げた障壁で防御態勢をとる。近接の間合いになると同時に、カムルは眷属を嗾けた。


 サヴァランの一機が、赫天の胸を剣で貫き、二つの刀身に挟み込まれたような位置にある砲から魔力を放つ。派手な爆散の後、煙の中から少し人間のバランスから外れた肢体で次の敵に襲い掛かった。


 一機のサヴァランが、胸の砲から青い光を放つ。魔導粒子砲だ。魔力から生成された粒子が障壁に浸透し、その構造を破壊する。そして、内側の基地に破壊の奔流を浴びせた。


(これが、古代兵器……)


 恐怖ではなく、チクチクとした闘争本能が刺激されていく。


「焼き尽くせ、アルシリーズ!」


 気が付けば、そんなことを叫んでいた。基地に向かって何条もの青い粒子ビームが放たれ、灼いていく。燃えるというより、溶けると言った方が正確だった。飛散する高熱の粒子の一つ一つが格納庫の屋根に細かい穴を開け、退避が遅れた人員はあっという間に死んでしまう。


 そうやって一時間もした頃、前哨基地は壊滅した。

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