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屈服

 カムルは、単独で前哨基地を攻略した。だが、それで終わらなかった。撤退せんとする車列に、苛烈な攻撃を実施。


 一通り破壊した彼女は、冷静さを取り戻す。


(私がやりたかったのは、これ?)


 吹き飛んだ車の横に、千切れた四肢が転がっていた。





「──そういうことだ」


 碧海島の防衛隊は、冬弥から報告を受けていた。


「敵は通常の魔力砲ではない、何らかの新兵器を投入したと見られる」


 破壊されゆく基地の中で、辛うじて撮影された画像が壁面に埋め込まれたディスプレイに移る。無数の細かい穴が、建物に刻まれていた。


「粒子ビーム?」


 芽吹が呟いた。一部で研究されている、ということを情報局の鞭から聞いていた。


「その可能性があるな。それほどの技術をどうやって入手したかは不明だが……脅威になる。警戒してくれ」

「障壁で防げないんですかぁ?」


 玲奈が問うた。


「どうにか送信されたデータを解析したところ、障壁を破壊して地上に到達した可能性が浮上した。基地クラスのもので防御できないんだ、況や、戦艦や焔輝のものでは無理だな」


 集められたパイロットや戦艦のクルーは、途端にざわつく。それもそうだ、今まで全幅の信頼を置いてきた防御装置が一夜にして無効化されたという事実を前に、動揺しないではいられない。


「そして、この兵器」


 次の写真に切り替わる。アルシリーズだ。


「一機から複数の魔力パターンが確認されているが、複座にできる容積があるとは思えない。機体そのものも小型だ。我が国でも実用化出来ていない、無人兵器の可能性がある」

「魔力パターンが複数、というのは?」


 芽吹の問いに、冬弥は力なく首を横に振った。


「確定的なことは言えない。だが、そうだな……複数の魂を融合させてエネルギー源としている、とは考えられないか?」


 そんな悍ましいものを、と誰もが思った。


「本気にはしないでくれ。そんなものを用意できるほど、ザハッドナに人員的余裕はないだろうからな」


 そう言う司令の顔には、現実的な不安が浮かんでいた。それを見た芽吹は、先日、情報局から送られてきた一報を思い出す。


「司令、ザハッドナは連邦の古代兵器発掘現場を襲ったと聞きました。古代兵器を復元したのでは」

「どこで聞いたんだ……そうだな。それは事実だ。そして、古代兵器を元通りにした、という懸念は否定できない。最悪の可能性を考慮すれば、伝説にあるディヴァイノスも復活したのかもしれない。その脅威の前には、焔輝も玩具同然かもしれない」


 滔々と語る冬弥を前に、パイロットたちは居心地が悪くなる。


「だが、逃げるという選択肢はない。我々は皇国軍人だ。民を、国を守る義務がある。死ねとは言わんが、辛い戦いになるぞ」

「やってやりますよ!」


 斗真が声を挙げた。それに同調して、他のパイロットも威勢のいいことを言ってみせた。


 そこから二、三の情報を共有した彼らは解散となる。飛行服に着替えようとした芽吹に、光輝が話しかける。


「隊長、情報局と繋がってるんですか?」

「……そうだね。個人的にパイプがある」

「昇陽に行った時ですか」

「うん。あっちの方から接触してきてね。ま、少し情報局に入った」


 光輝は軽い疑りの視線を向ける。


「大した機密を握ってるわけじゃない。ちょっと耳が早いだけだよ」

「確かに、連邦で発掘が始まったのは知ってましたけど……それが襲われたことを、どうして上はすぐに教えてくれなかったんでしょうか」

「極端なことを言ってしまえば、手に入れたものが全部ガラクタだった可能性もある。それを排除するために、ギリギリまで待ったんだろう」

「その結果、前哨基地は壊滅したんですよ」


 芽吹の困ったような苦笑いに、彼はそれ以上の追及ができなかった。


「俺たちは歯車の一つだ。どんなに小さな違いでも、他の歯車を強く回せるようになりたいんだ」

「歯車……」


 上司の目に、単に自分を部品と規定する以外の、燃える何かを認めた彼は、それがどす黒いものであることを察して俯いた。


「さ、待機任務だ。急ごう」





 ザハッドナは一週間かけて東進しつつある。それを受けて、皇国はヤガ地方の放棄を決断し、撤退作戦を開始した。


「ハミンナは、追撃に移る」


 それを追うアフェムの近くで、カムルは言った。アルシリーズを引きつれて、敗残兵を収容する皇国軍を魔力探知機に捉える。無人機たちを先行させて、赤と青の光を降らせれば、それで終わる。だが、と彼女は考えていた。


 最早戦う意志のないものを殺す。それは正しいのか? 自分は虐殺者になりたかったのか? 自分が殺すべきは芽吹なのではないか? そのためには全てを踏み躙っていいのか?


「アフェムは後方で待機。援護砲撃は要請に従ってやってくれ」

「了解。アルシリーズを無事に持ち帰ってくださいね」


 加速。母艦を置き去りにして、引き下がろうとする部隊の上空に到着した。対空砲の引鉄が引かれるが、赤い光は障壁に当たって消えるだけ。


 向かってくる赫灼騎兵は、ハミンナに一撃を加えることもなく爆ぜる。これが戦争の行き着く先なのか、とカムルは両手を震わせた。


 積極的な行動に出ない敵、と認識したのだろう。対空砲も大人しくなり、歩兵も赫灼騎兵も船に乗り込んでいく。それならいい、と彼女も攻撃を仕掛けなかった。戦艦が浮上したのを見た彼女は、そっと反転した。


「敵に抵抗の意志なし。放っておいても何にもならんだろう」


 アフェムに向かいながらそう伝えた彼女は、これでいいんだ、と自分に言い聞かせていた。


「……そうですか。これでヤガの奪還という目的は達せられましたね」

「しかし、皇国がこうもあっさり手放すとはな」

「アルシリーズの性能が圧倒的なんですよ。補給も増援も間に合わないなら、早々に引き下がらせた方がいい、と見たのでしょう」


 カジャナに心の内を見通されてはいまいか、と訝りながら彼女は着艦姿勢に入った。両舷にあるカタパルトデッキの上、降着用エレベータに乗り、そこから艦の内側へ。アフェム級の容積の大部分を占める格納庫に入るのだ。


 続いて白亜の無人機が帰還し、随時格納庫の整備スペースに収まる。


 ヘルメットを外してコックピットから出たカムルは、今しがた戻ってきた機体に群がる整備士たちを見下ろした。魔力炉は起動に多大な魔力が必要であるため、常に低出力で運転を続けなければならない。一時的に対象箇所への魔力供給を遮断し整備することはできるが、魔力炉そのものを停止してオーバーホールを行うことはできない。


 稼働し続けるということは、それだけ劣化が早いということ。古代技術で作られた特殊な合金でフレームが組まれているが、裏を返せばそれゆえに寿命を迎えた際の補修は不可能であり、長期的に見ればコストパフォーマンスの悪い兵器だ。


 いつまで保つか、と考えるだけで暗い気持ちになるカムルは、溜息を一つ吐き出して格納庫を去った。


「見逃したんでしょ」


 パイロットの控室で待っていたセオが、彼女の顔を見るなり口を開いた。


「殺す理由もない相手だった。それだけのこと」

「面白いね」


 わざとらしく平坦なイントネーションで彼は言った。


「今日見逃した敵があんたを殺しに来るかもしれないんだよ」

「負けんよ、ハミンナは」


 笑顔の一つもなく、カムルは返す。


「ま、何でもいいや。僕の出番を奪った分は働いてよね」


 椅子に深く座った彼を横目に見ながら部屋を出ようとした頃、


「隊長、マナエの老人から通信が入っています」


 と放送が流れた。飛行服から着替えることもなく、通信室へ向かう。


「何故戦わなかった」


 開口一番、苛立ちを隠さない老人。


「殺すまでもないと判断した」

「恐れたのだろう。だがな、我々は冷酷でなければならない」

「ヤガを取り戻したのだ、無用な殺しをする必要はない」

「無用? 皇国のゴミを消し去るための戦争だ、殺すこと自体に意味がある」


 だが、と言い返そうとした彼女は、一瞬躊躇った。


「貴様は駒であればいい」


 その一言の直後、カムルの脳に思考が流れ込む。憎しみ、悲しみ、そういう負の感情だ。皇国への恨みつらみばかりが増幅される中で、老人の声が聞こえてくる。殺せ、殺せと。


 息が浅くなり、話すこともできない時間が過ぎていく。


「容赦をしてはならない」

「……あいわかった」


 生気の抜けた声で、彼女は応じた。

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