ヤガの占領。その事実は、帝国政府にある発表を行う機会を与えた。
「──つまり、ザハッドナとは、軍の特殊部隊であったのです」
帝国全土に放送されたそのテレビ番組で、メッサ宰相が言った。
「ヤガ地方奪還という作戦を実行するために、彼らには犠牲を強いました。しかし、これからは明確に一部隊として堂々と支援が可能となります。我々の矛となってくれた彼らに、賞賛を願います」
それが流れる、ヤガ砦の格納庫にて。アルシリーズの面倒を見る整備士たちは、そんな放送など聞く余裕もなく、ある者は駆け回り、ある者は機体のメンテナンスハッチを開いていた。
「忙しそうだな」
それを高い所から見下ろすカムルは、整備士長に向けて言った。白亜の機体群だけでなく、青いニニルーに、くすんだオレンジの機体が数機置かれている。
「ええ。ライハの実戦投入も近いのでしょう?」
ライハ。復元された古代兵器の一つである。データでは、ニニルーを補佐する機体として設計されたことになっている。人のバランスから外れたその主とは違い、まだ人間らしい見た目をしていた。
「動くな?」
「起動実験は成功したそうですから。自分はそれを信じて整備をさせるだけです」
カムルの視線が、ライハを見る。肩部と腰背部に、ブースタも兼ねて装着されたムールル。腹部には、縦に三つ並んだ魔導粒子砲。その三門の一斉射は、ヴィアトレム級戦艦の主砲に匹敵するらしい。
だが、最大の特徴は、五本の指が全て魔力砲となっていることであろう。到底武器も持てないものであり、有機物が悠久の時の果てに得た人型という拠り所を捨ててしまっているように、彼女には感じられた。
そういう物思いをしている所に、近づく人影。
「よお、カムルさんよ」
「……ウーアノ」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる彼は、その長身を以てカムルを見下ろす。
「ニニルー、借りてくぜ。実戦テストをやるんだろう?」
「好きにしろ」
愛着も何もない機体だ、誰が乗った所で、興味はなかった。
「老人はニニルーとライハだけでニザラ島を攻略できると思ってるみてえだが、そう上手くいくもんかねえ」
「不安ならアルシリーズを連れていけ。あれは頼りになる」
「信じていいのか?」
問いかけに対し、カムルは応えるまで間を置いた。
「一つ、忠告しておこう」
「んだよ」
「少し、心が暴走する嫌いがある。殺しに歯止めがかからない、と言うべきか」
「別にいいじゃねえか」
彼は手摺に腰を預けた。
「それとも、敵を見逃しちまうお優しいカムル様は、ビビっちまうのかな?」
嗤笑を浮かべたその顔に、カムルは反論することもなかった。
「もっと獰猛になれよ。世界はそれほど甘くねえぜ」
「勝手に言え」
返答を待たず、ウーアノは後方に回転して格納庫の床に降りた。残されて、彼女の手が震えた。
◆
碧海島。ヤガの喪失を受け、芽吹と冬弥は二人で話す機会を設けていた。
「奴ら、海を超えると思うか」
清酒を飲みながら、司令は最も信頼している部下に問うた。夜の街、二人きりの個室だ。
「来るでしょうね」
一方の部下は、酒を飲まない。中央の火にかけられた鍋では、割下に脂が浮いていた。
「ただ、すぐではないと思います。多分、しばらくは態勢を整えるかと……」
「無人機の調整か?」
「というよりかは、古代兵器の欠損した機能の回復ですね」
二人は液面を何とはなしに見ていた。
「連邦から、発掘中だった頃のデータが送られてきた」
茶を飲みかけた芽吹は、視線を冬弥に固定する。
「魔力炉……人間の魂を集積させたコアから魔力を抽出する動力炉は、光エネルギーを吸収して魔力を増幅しなければ、パワーを十分に発揮できない。その技術が大陸のどこかに眠っている可能性はあるが……具体的な場所まではわからなんだ」
「なら、次に狙うのは、そういうシステムのデータがある場所……」
「そういうことになるな」
少し考えながら緑の液体を口腔に流した芽吹は、飲み込んだ後口を開く。
「その光を吸収するシステム、赫灼騎兵に載せられませんかね」
「どういうことだ」
「光で魔力を増やせるなら、搭乗者の魔力を増幅して、接続器を誰にでも起動させられるものにできるとは思いませんか?」
感心しながら冬弥はグラスを傾けた。
「増幅システムの起動はどうする」
「確かに……」
僅かに表情を緩めた司令は、手元を見る。
「上は、状況を楽観視している。暴君海を突っ切るような判断はしない、とな。風のトンネルには探知機を備えたブイを置き、行動は制限されている。だが……」
「それで踏みとどまるなら、自爆攻撃なんてしない」
「ああ。情報局から聞いていると思うが、奴らは帝国の特殊部隊だった……それを使い捨てるような行動にでるんだ、荒れ狂う気流の中を進むなど、大した問題にはならないだろうな」
徐に冬弥が席を立つ。
「明日のことがある。そろそろお開きとしよう。奢ってやる」
「ごちそうになります」
会計を済ませ、店の外に出れば冷たい冬の空気が二人を襲った。
「……やりすぎるなよ」
それだけ言って、冬弥は芽吹とは反対の道に進んだ。
あくる日。芽吹は基地の地下にある尋問室に入った。そこにあるのは机と椅子と、一方向からしか光を通さない魔法のガラスで出来た壁くらいのものだ。
「吐け」
彼は椅子に縛り付けられている捕虜の男の髪を掴み、迫る。その表情に普段の柔らかさはない。大きく開かれた目、その瞳に灯ったどす黒い炎。
「吐かせてみ──」
そう捕虜が啖呵を切った瞬間、彼はその額を机に叩きつけた。捕虜は若い。まだ少年から脱しきっていない。
「オ・ジガは、何者だ!」
男はニヤついて芽吹を見上げる。
「そんなに知りたきゃ、俺の脳味噌引きずり出してバラしたらどうだ?」
鶏冠に来た芽吹は、相手の頬を殴り飛ばし、椅子ごと床に倒した。それでも猶、捕虜は笑っていた。
「わかんねえな、オ・ジガが誰だっていいじゃねえか。どうせお前はオに仲間殺されたんだろ? 殺したらそこで仕舞いなんだからよ、細かいこと気にする必要なんてねえよ」
「無名のパイロットであるはずがないんだ。ムールルを四基だぞ。誰にでもできることじゃない」
殺意を隠さない彼を横目に、捕虜の男は口の中の血を吐いた。
「マイ・オッフの幽霊だって噂だぜ」
床に転がったその頭が、踏みつけられる。血が垂れる。
「お前が殺したんだろ? 自分が産んだ幽霊なんだから自分でけりをつけろよな」
「……ザハッドナは天炎島を捨てた」
「何だって?」
馬鹿にするような笑みを浮かべていた捕虜の顔は、一転して動揺の色を隠せなくなる。
「ヤガはどうなったんだよ」
「まだ皇国の支配下だ。負けたんだ、お前たちは」
敢えて流させなかった、致命的な情報。嘘も交えつつ芽吹は相手を虐げる。
「わかるな? オを殺すために情報がいるんだよ。バシエル・グラート」
「……待て、なんで俺の名前を知ってやがる」
「母の名前はレディタ。弟はグルシア。今年で十二歳になる」
「てめぇ、何が言いてえ」
情報局から手札として渡された事柄をつらつらと並べてみせる彼は、勝利の匂いを嗅いでいた。
「言え。オ・ジガは、誰だ」
「……カムル・オッフだ。俺の推測だけどな」
「オッフ? マイ・オッフか?」
「そうだよ。あいつの声は、軍学校で聞いたことがある。俺の予想が正しければ、マイの義理の娘だ。俺みたいに、卒業前に軍から誘われたんだろう」
かつての仇敵に、娘がいた。その現実。
「そうか、訊いた甲斐があったよ」
芽吹はバシエルの横髪を掴んで持ち上げ、高くなったところで放す。自由落下した男は、そのまま意識を失った。