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奪取完了

 アフェム級のカタパルトデッキに、ニニルーが姿を現す。既に砲火が交えられ、空に幾つもの花が咲いていた。


「ニニルー出ます、ニニルー発進!」


 カタパルトは使えないその青い機体は斥力でふわりと浮かび、スラスタのパワーで飛び立つ。


「ウーアノ隊長、ご存知だとは思いますが、ムールルとアルシリーズの同時使用は──」

「ご存知だってわかってんなら言うんじゃねえ」


 次いで送り出される無人機を背中に従え、彼は戦場の真ん中を目指す。


「ニニルーからライハ各機へ。目的はデータの奪取だ。何でもかんでもぶち壊すんじゃねえぞ」

「あいよ!」


 勢いのいい返事が来たことに、ウーアノはにやりと酸素マスクの下でほくそ笑んだ。


「行けよサヴァラン!」


 白亜の近接戦闘機が、砲身を挟み込んだ剣を右手に前進する。背部に備えられた魔力砲を数連射して牽制した後、デルグリンの右腕を斬り落とし、数機の同時射撃で撃破した。


 その光景を脳に流し込まれた彼は、腹の底で何かが疼くような感を覚えた。楽しいのだ。両腕部の魔力砲の引鉄を引いて、デルグリンの盾を打ち破る。そうやって出来た隙に、エルゼンの魔導粒子砲を叩き込む。高揚が、腹の底から全身に広がる。


 思議すべからず。殺しを好む性分であることは自覚していても、何かがおかしい。ムールルを使いたくなる野生めいたものを抑えながら、浅くなる呼気のままにスティックを握り締めた。


「こちらライハ二番機! 敵の司令部に取り付きました!」

「吹っ飛ばせ!」


 ライハは管制塔にチョップを叩き込み、コンクリートの塊を叩き割った。残された機体は古代兵器に決死の攻撃を仕掛けるが、無人機の展開する障壁に阻まれて射撃は通らず、近づいても斬り捨てられるか撃ち抜かれるか。滑走路も格納庫も焼かれ、すぐにニザラ島司令部は白旗を上げた。


「あっけねえの。俺が出るまでもなかったな」


 そう呟いたウーアノは、冷めやらぬ興奮のまま母艦に戻った。


 それから、三日。市街地を概ね黙らせたアフェム級二隻は、島の遺跡に向かった。その様子は、荒廃した基地といった具合だ。周囲を掘り抜かれ、アルシリーズと思わしき無人機が見るも無残な状態で放置され、その近くには建造物が並んでいる。


「光増幅システムがあるのは……あそこか」


 遺跡は空から見れば綺麗な円を描いている。中心に、土の一つもついていないクリスタルが輝くタワーが存在し、そこから放射状に建物が置かれているのだ。


 水晶の傍に、ニニルーが降りる。


「ライハは周辺を警戒しとけ。俺がデータを引き出す」


 ウーアノは頭部にあるコックピットから飛び降り、スティック状の小型記録媒体と小さく分厚い本を持って塔の足元に着地した。


「インターフェースは生きてるな……千年間手入れもされずによく動くもんだ」


 キーボードの下にある差し込み口に、スティックを入れる。


「規格も一致、か。老人、どこまで見越していたんだ?」


 一般に、帝国語は古代文明の言語の影響が色濃く出ているとされる。彼は、暗黒期以前の僅かな資料から作られた辞書を片手に、どこか慣れ親しんだような雰囲気を持つ言語を解読していった。


 それが、一時間続く。漸く増幅システムのフォルダに行き着いた。原理原則を理解するのは諦めて、兎に角データをコピー。十数分かけて完了した彼は、二十五メートルの距離を跳躍した。


「こちらニニルー! データを手に入れた! 送信する!」


 母艦との回線を開いた青い兵器は、ゆっくりと浮上を開始する。だが。


「接近する機影! デルグリンシータです!」


 船から転送されてきた情報。自身の魔導探知機も敵を捉えていた。数は十二。


「アルシリーズを出しますか」

「いらねえよ、ムールルで勝てる」


 腰背部と腕部の攻撃端末を切り離し、弾幕を張りつつライハと合流する。オレンジ色の方も、腰のムールルを分離して絶え間ない砲撃を行う。その過程で、四機のシータが撃墜された。


「こっちはシステムがビジーだ。ムールル制御の精度が低い。任せたぜ、ライハ」


 一機、射撃を抜けた者がいる。ランスを突き出して接近してくるも、繊細に狙いをつける五連装魔力砲が四肢を奪い、頭を撃ち抜く。慣性で動くのみとなったそれを、ライハの脚が蹴り飛ばした。


 一般に、ムールルを戦闘に堪え得る精度で操作できる数は、二基とされている。それ以上は脳の処理能力を超えるためだ。ライハも、腰のムールルはそのままスラスタとして運用でき、肩のものは装備した状態でも前を向けるように装備している。


 故に、そのパイロットも、四基全てを展開することはない。


 だが、ウーアノのように優れた情報処理能力を持つ人間は違う。腰の三基と前腕、計五基を同時に操り、紫の部隊を翻弄し、虐げていた。


 虐殺の最中、彼は物足りなさを感じる。アルシリーズを操っていた時のあの快感が欲しい。薬を断たれた患者のようなものだった。欲しい、欲しい、欲しいったら、欲しい。


 連射される赤い光弾は、ムールルの展開する障壁で防ぐ。古代兵器の展開する障壁は、どうやら現代のそれとは違うらしいことを、彼は一知半解程度に知っていた。


 現代の障壁とは、エネルギーそのものを壁状に形成するものである。しかし、古代のものは、粒子状に変化させた魔力で作る膜と言っていい。後者は外部から受けたエネルギーを吸収して更に自身に強固にする特性を持ち──つまり、単純に撃ち続ければ壊れるということはない。


 それをある程度見抜いた共和国軍は、射撃ではなく近接戦闘による突破を画策。無謀とも思える突撃を敢行するしかなかった。十二の内四分の三が撃破された所で、シータ部隊は後退の動きを見せる。


「隊長、追いますか」

「俺もぶっ殺しに行きてえが……ここは任務を優先するぞ。帰還だ」





 ザハッドナがニザラに侵攻したという情報は、すぐに皇国にも届いた。


「何が目的なんです?」


 芽吹が口を開く。会議室に集められた黒鷲と白狼は、少し人数が減っていた。


「さあな」


 上司の淡々とした一言に、エースたちは肩を落とす。


「共和国が情報を流してくれんのだ。が、あそこには古代文明の遺跡があるらしい。古代兵器の動力源である魔力炉は、魂を集めたコアから取り出した魔力を、光を用いて増幅する」


 冬弥は壁に埋め込まれたディスプレイを操作しながら言った。


「それを復元し、古代兵器のポテンシャルをフルに引き出せるようなデータや機械、設備がニザラにはある、と俺は踏んでいる」


 そこで言葉を切って、一葉の写真を表示する。戦火の中で撮影された、古代兵器の画像だ。


「情報局の調べでは、島に上陸したのは青いのが一機、黄色いのが四機。それに無人機が幾らかだ」

「異常だ……」


 拓海が零す。キルレシオが高すぎるのだ。


「異常、か。確かにそうだな。我々が使うものとは違う原理の障壁も確認されている。圧倒的な火力を発揮しながら、相手は我々の射撃を無力化する……異常も異常。魔導大戦の再来だ」


 芽吹は、湊に読んだ絵本のことを思い出していた。また大賢者が現れ、全てを丸く収めてくれるのだろうか、と。


「だが、我々は戦わねばならない。彼奴等がどれほど強大でも、な」


 白狼隊の新人女性パイロットが、膝の上で拳を握り締めて震えている。恐怖か、武者震いか。芽吹はそれを眺めながら、隼人の後釜について考えていた。実戦を経験した者の穴を埋める補充要員を用意できるほど、優秀なパイロットに余りはない。


「すまんが、命をくれ」


 冬弥の敬礼に、パイロットたちは立ち上がって返礼を送った。

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