三番隊と四番隊がヤガ砦に帰還した。それを受け、ザハッドナの整備班はてんやわんやだった。
「増幅システム、どう実装する」
格納庫の高い足場から作業を見渡し、カムルは長身の整備士長に問うた。
「まず、一旦全ての魔力炉を停止させます。炉自体の改良になりますので。数時間かけてハードとソフト、両方の修復を行って、そこから一機ごとの最適化になりますから……どう頑張っても一週間は動けませんね」
「隔靴掻痒、といった感だな」
彼は決まりの悪そうに笑って誤魔化す。
「ニニルーとライハを優先しろ。アルシリーズは後回しでいい」
「自分が乗られるから、ですか?」
「モノが大きい方がパトロンにアピールできる。それだけだ」
「はあ……わかりました。そうさせます」
カツン、と振り向いた彼女は、エレベータを降りてニニルーに近寄る。愛したくもない愛機は、胸部の装甲を取り去られ、魔力炉を抜かれていた。
縦向きの円筒、というのが動力源の第一印象だった。金属製の筒の中にあるという、コア。古代人はそれを作るために敵の魂を奪い、そうやって出来た兵器で略奪を行い……ということを繰り返したという。
最初は家畜の魂を使っていたが、人間の魂の方が高効率であることが発見され、敵国の民を使うようになった、と増幅システムに付随したデータには遺されていた。
だが、その家畜の魂もまだ利用されていた。魔導生物と呼ばれる人工生命体が放たれ、”狩り”をさせられていたのだ。
魔導生物は終戦後も生存し、その存在が赫灼騎兵の誕生に繋がる。人ならざる生命を駆逐し、人の未来を切り開くための兵器。それが、赫灼騎兵だったのだ。
(人を守るための力なのに、人が傷つけあうために……)
皮肉なことだった。
「オ隊長、老人から呼び出しが掛かっています」
その放送を受け、彼女は速足で通信室へ向かった。
「次の目的についてだ」
少し暗い部屋。見下ろす格好となる位置に置かれたディスプレイには、赤く光る義眼が映っている。
「共和国西部にて、大量のアルシリーズと、その生産工場が見つかった……これを襲撃、占拠してもらいたい」
「すぐには動けんぞ」
「増幅システムの組み込みが終わってからでいい。それで、十分だ」
ヤガを取り戻すという目的を達したことで、表向きにはテロリストだったザハッドナは帝国軍特殊部隊であることが明らかにされ、堂々と帝国政府からの支援を受けられるようになった。
それは、隊員たちにとっては確かに喜ばしいことだ。戦意旺盛、士気も高くなった。だが、老人の真意を知り得ない隊員は、その目標に疑いを持ち始めている。
「徒に力を求めることを疑問視する者もいる。どう説明するつもりだ」
「皇国軍をザハッドナのみで壊滅させる、と言えば納得するか?」
仮面がなければ、カムルは歪んだ表情を露わにしていただろう。
「何が望みだ」
「語らなければわからないか?」
最も信じていたマイ・オッフという部下を奪われ、自分の成し遂げた功績を奪われ、その原因である皇国を叩く。少女はそれを理解していた。だが、そんなことが最終目標ではないように思える。些事ではないが。
「異論があるなら、そう上に申し立てればいい……結果、どうなるかは保証せんがな」
意地の悪い笑みを浮かべていそうな声だ。
「ああ、そうだ。皇帝陛下が、是非貴様の顔を一度ご覧になられたいということだ。帝都に行くといい」
「その間、部隊はどうする」
「皇国は再びの全面戦争を避けようとしている。どうせ動けんのだ、安心して観光でもしてこい」
『してこい』とは『しろ』の意である。浅い溜息の後、カムルは頷いた。皇帝直々の呼び出しとなれば、逆らうわけにもいかない。
「明日にでも発つ。鉄道を手配してくれ」
カムルがヤガからキーグルに向かい列車に乗ったのは、明くる日のことだった。
帝国鉄道は、そのサービスの品質に於いては、皇国のそれを上回ると言われている。一等車の椅子は、まるで天上の楽園、イウメにいるようとさえ、彼女には感じられた。運ばれてくるステーキも、ミディアムレアの加減で丁寧に焼かれており、軍の食堂の数倍は格が高いものだった。
静かに、窓の向こうを見やる。吹雪いてはいないが、雪がちらついている。すぐには積もらずとも、これが三日四日と続けば僅かに生えている背の低い草は埋まってしまうようだった。
(勲章、かな)
重い装束に身を包み、泣いているような仮面で顔を隠す。自分の矮小さを一層感じてしまう。もし皇帝に素顔を見せろと言われたならば、どうするべきか。
(どうせ皇国にはバレてるんだ、今更だよね)
この仮面は、脳の処理能力を向上させるシステムが組み込まれている。故に、素顔を知られているからといっておいそれと外すわけにはいかないのだ。
一方で、皇帝の望みであっても、アドホックな言い訳をして逃げてしまいそうでもある。
仮面に慣れすぎて、素顔を晒すことが恐ろしくなりつつある。それは弱さなのだろうか、と自問した。
新式の高速鉄道は、十四時間の旅を終えて帝都キーグルの駅に到着した。トランクケース片手に列車を降りたカムルは、迷うことなくホテルへの暗い道を進む。
皇国で言えば陽鎧館に当たるホテルは、帝国にもある。レスルブ。地上八階、地下三階。
そのロビーに足を踏み入れた彼女を待っていたのは、カメラだった。
「オ・ジガさんですね?」
無礼にも確信を抱いてそう問うたのは、まだ若い記者だった。鳥打ち帽を被り、茶色いベストを着用している。
「取材を許可した覚えはない」
そう言って横を通り過ぎようとした彼女に、記者は追い縋る。
「軽くお茶でも……」
「チェックインを、していただかないと」
ホテルの受付から声がした。
「そういうことだ。夕食後、また来い」
彼女に宛てがわれたのは、豪奢なスイートだった。綺羅びやかな銀色の装飾が施された壁には、現皇帝の肖像画がかけられている。
それを通り過ぎ、ベッドルームへ。部屋を昼間のように照らしていた魔導灯も、そこでは柔なオレンジの光を投げかけているのみだ。
仰向けに転がって、仮面を外す。
(私なんて、大した人間じゃないよ)
そっと、闇に沈んだ。
コン、とノックの音が彼女を呼び戻す。慌てて仮面をして、咳払いで声音を整える。
「なんだ」
扉の前に立って、呼びかける。
「ヒドウ……先程の記者です。僕、話聞くまで帰るなって言われてて……」
「……幾つだ」
「え?」
「年齢だ。今年配属になったぐらいだろう」
少し沈黙があって、
「十六です」
と返ってきた。
「……食べながら話をしよう」
若さに同情したわけではない、とは彼女自身思っていた。気まぐれだ。ただの、気まぐれ。そう断ずるには、彼女には情がありすぎた。
最上階のラウンジ、小さな個室で取材は始まった。二人の間にあるテーブルには、チーズとソーセージの盛り合わせに、茶が合わせてある。
「オ・ジガ──いや、カムル・オッフさん。単刀直入にお聞きします。ザハッドナとは、何なのです」
「帝国軍が秘密裏に編成した、ヤガ地方奪還のための特殊部隊。公表されているはずだが」
「それが、今は古代兵器を求めている。まるで千年前の戦争を再演するように」
カムルは黙って茶を飲む。
「皇国を叩くために、古代兵器は必要なのですか」
「……ザハッドナは、老人と呼ばれる存在の指揮下にある。我々も、その思う所を全て把握しているわけではないのだ。畢竟、一人の兵士として大きな波に翻弄されるボートのように戦うのみ、ということだ」
それは、記者の望んだ回答ではなかった。もっと英雄らしい、真っ直ぐに前を向いた言葉が欲しかった。
しかし、だ。その返答は、却って記者に不思議な興味を持たせた。仮面の下に何を秘めているのか、等身大の人間として見たくなった。
「次の質問なのですが──」