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共和国侵攻

 夜が訪れた。光エネルギーを取り込んでパワーを増幅する魔力炉は、現代の技術では昼間にしかその性能を十全に発揮できない。従って、夜間の警備は通常の赫灼騎兵に任せるしかなかった。


「よくやった」


 夕食を終えて騒がしい艦内の、少し静かな場所。通信室で、カムルは老人を前にしていた。


「これで我々の戦力は、一国の軍隊に並んだ。いや、性能を考えればそれ以上だ。我々は、共和国と皇国、この二国を攻め滅ぼす」

「……帝国政府から、連絡があった」


 魔導義眼がチカリと明滅する。


「ザハッドナは大きくなりすぎた、と。再編成を行い、一部を帝国軍の通常部隊に引き入れるそうだ」

「……私の知らない情報だな。そうか、皇帝は私を恐れるか」

「私としても、そうするべきだと考えている。アルシリーズは七十を超えた。火力を考慮に入れれば、はっきり言って一つの部隊が運用するとものとしては異常だ」


 老人の表情は見えない。だが、纏う雰囲気が不機嫌さを見せている。


「それで、貴様はどうしたい」

「老人、我々は目的を達したのだ。これ以上戦力を拡大する理由はない」


 カムルの本音としては、アルシリーズを操る時の興奮が怖い、という所だった。自分が後戻りできなくなるのではないか、と。


「……怯えているな?」

「怯える? 何にだ」

「アルシリーズの制御システムには、搭乗者の闘争本能を刺激するシステムが組み込まれておる。その感情が怖いのだろう?」

「貴様っ……!」


 声が詰まる。全て合点がいった。


「しかし、今更逃げられても困る。のう、カジャナ」


 彼女の背後で通信室の扉が開く。振り向けば、右手にスイッチを持った銀髪の艦長がそこにいた。


「やれ」


 その一声に合わせて、カジャナはスイッチを押す。瞬間、カムルの脳に何かが流れ込んだ。脳に熱を持った火かき棒を突っ込まれ、弄られるような苦しみだった。熱く、痛く、苦しい。無数の言葉と映像が叩き込まれる。


 気が付けば、彼女は鏡張りの部屋にいた。映っているのは、手術着のようなものを身に纏った幼女、帝国風のドレスを着た少女、軍服を模している制服の学生。そう、これまでの自分だ。


「お母さん、元気かな」


 ふと呟いてみる。


「大丈夫だよ」


 四方の鏡から声が聞こえてくる。


「ヴルツだっている。大丈夫、全部、大丈夫」

「そうだよね、国も守ってくれるんだもんね」


 安らぎの中で像に触れれば、それは途端に燃え始めた。炎は指先に移り、全身を焼かれる。膝から崩れ落ち、口から血を垂れ流す。


「つまらんものよなあ、カムル・オッフ」


 老人の声。


「貴様は復讐がしたいのだろう? ならば、従うべき者は選ばねばならん。わかるな?」

「私は……私は!」

「大原芽吹を殺せ! この世界ごと!」


 十分ほど呻いてのたうち回った後、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「我々は、共和国への侵攻を開始する」


 誰のものともつかない言葉を、彼女は発した。


「指示を出します。具体的なプランはどうしますか?」

「ニザラを起点に、まずユチアへ電撃的な侵攻を行う。頭を叩けば死ぬさ」


 今まで殺してきた人間の怨嗟が頭の中に響くようで、カムルは正気を保つことに精一杯だった。だが、進まねばならないと、誰に言われるまでもなく理解していた。


「総力戦だ。私もニニルーで出る」


 動き出した世界は、終焉に向かう。





 翌日、ニザラ島に戦力を集めたザハッドナは西進を開始。共和国本土に上陸した。首都たるユチアは、その港から数十キロ内陸に入ったところにある。


「アルシリーズとニニルー、ライハでラインを作る。クーウナは船の直掩を頼む」


 指示を出しながら、カムルはニニルーをカタパルトデッキに進める。


「ニニルー出ます、ニニルー発進!」


 カタパルトは使えない。斥力で浮き、スラスタで加速。白亜の無人機を引き連れ、魔力飛び交う戦場に姿を見せた。


(デルグリンにしろ、シータにしろ、十分対処できる。問題は数だな……)


 ムールルを展開し、先陣を切ったシータタイプを墜とす。


「私が前に行く! ライハは援護を頼む!」


 青い空と同じくらい青い機体は、それと同じ色の光を続けざまに放ち、紫の機体を打ち砕いていく。破片が街を襲い、民間人の盾になろうとしたパイロットは、その民ごと死んだ。


 破壊に次ぐ、破壊。アルシリーズが敵を撃ち抜き、貫き、命を徒花としていく様が、カムルの脳内で麻薬のようなものを分泌させる。これだ、これが欲しかったのだ。


 数度斬り結んだシータが、そのサヴァランを斬り裂いてニニルーに接近する。


「やる!」


 高揚のままに相手を称え、カムルは前腕を分離させた。何発か砲撃を避け、ついに近接の間合いへ。が、胸の魔導砲を放たれ、敢無く消え去った。


 切り離した前腕のスパイクが、デルグリンのコックピットを穿つ。もはや戦闘ではなかった。蹂躙、そして虐殺だ。


 カムルは、自然と市街地に狙いを定めていた。魔導砲のトリガを引き、焼き払う。悲鳴の一つ一つが聞こえてきそうだった。スティックを握る手は細かく震え、歓喜に身を捩りたくなる。


「殺せ」


 無線に向かって、彼女はそう言っていた。


「殺せ! 殺したいだけ!」


 ムールルと前腕、合わせて五基の攻撃端末だ。その制御を可能とする、彼女の仮面。脳の処理能力を向上させ、機体制御を容易にする。


 仮面によって洗脳された彼女は、ただ己の闘争本能が増幅されるがままに暴力を振るった。悩みはなかった。引き金を引く度に、心の底から幸福が湧き出てくる。正しさだとか人道だとか、そういうものは最早どうでもよかった。


 そして、ユチア陥落は、五時間後だった。





 その報が皇国に届いた時、芽吹は一つの可能性を、冬弥に提示した。


「それはその通りだ」


 ザハッドナによる、皇国への再度の攻撃だ。通常の障壁では防ぎ得ない魔導粒子砲への対策は、まだ出来ていない。


「上も動いている。空技廠にも働きかけている。だが……現段階の軍に、古代兵器への対抗手段はない」

「撃てば墜とせるんでしょう」


 司令室の赤い絨毯の上で、芽吹は怒りを滲ませて言う。


「共和国の生き残りが、データを持ってきてくれた。アルシリーズ……ザハッドナが用いる無人兵器は、強固な障壁を展開できる。射撃では勝てん」

「なら、斬ります」

「彼奴らは速い。焔輝であれば噛み付けるかもしれんが、リスクも相応にある」


 だが、冬弥は、目の前のパイロットに何を言っても無駄であることを察していた。


「……芽吹、お前は若い。死にに行くようなことはするな」

「死ぬつもりはありませんよ。責任を果たそうとしているだけです」


 暫し、二人は睨み合った。守りたい以上に殺したい芽吹。一人でも多くのパイロットを生かしたい冬弥。国の未来を想う心は同じでも、とり憑かれてしまったパイロットに、司令は何も言えなかった。


「……機体のチェックをやっておけ。いつ奴らの矛先がこちらに向くかわからん」

「了解」


 敬礼し合って、芽吹はそこを出た。


 オ・ジガの正体はカムル・オッフ。マイの娘。それが輪廻を生むというのなら、向き合わなければならない。ここで、断つのだ。


 特に意味もなく格納庫へ。機体の調整は過剰なほどに行った。十回はシステムを調整し、各部推進器のパワーバランスも完璧だ。


 故に、キャットウォークから愛機を眺めることしかやることはなかった。


(焔輝の性能は、間違いなくトップクラスだ)


 だが、古代兵器がそれを上回っているのなら。共和国の生き残りが齎したデータは、それを裏付けるものばかり。


(俺は生きるんだ)


 何があっても。決して、諦めるわけにはいかない。

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