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大山鳴動

 ハーウ帝国、皇帝の間。禿げ上がった頭で、皇帝は頬杖をついていた。そこに、駆け込んでくる家臣が一人。


「陛下、ザハッドナが、帝国への攻撃を開始しました!」



 ◆



 共和国軍に打撃を加えたザハッドナは、そのまま北進。帝国との国境地帯に存在する基地に攻撃を行った。


 その名目は、ザハッドナを解体せんとしたことに対する報復だという。人員全てがそれに賛同したわけではないが、マナエは強い言葉で帝国を糾弾した。忠実なる臣を裏切らんとした、と。


 そうなれば、ザハッドナのメンバーは、行き場はここにしかないのかもしれない、という集団心理に陥る。何より、カムルがこう言い切ったのだ。裏切れば、どこまでも追いかける、と。


「我々は、帝国の研究所を襲う」


 ライハ擁する二番隊は、帝国基地の攻略に向かい、ニニルーを軸とした一番隊はその上空を通り過ぎて、北端の極秘研究所を攻撃対象とした。


 既に、帝国ではクーウナ・ダヌイェルの一般配備が始まっている。従って、カムルは敵味方識別装置を見つつ、無人機を操ることを強制された。戦力を二分した都合、開いた穴を有人機で埋めているのだ。


「ダヌイェルは慎重に戦え。同士討ちは避けろよ」


 敵機が一つ、サヴァランに正面から向かう。緑は、どれだけ撃っても障壁に阻まれる。近接戦闘となった瞬間に、サヴァランの胸部魔導粒子砲によって灰燼に帰した。


 だが、ニニルーの魔力探知機が、素早い一機を捉えた。サヴァランとエルゼンの産む弾幕を潜り抜け、白亜の無人機を切り裂いた。


「やる!」


 面白い敵を認識したカムルは、ムールルを展開。その壁で牽制射撃を防いだ。それでも、そのダヌイェルは真っすぐにニニルーへ向かっていた。


 機体の正面をそちらに向け、肩から生えている連射式の魔力砲を放つ。数秒間の砲撃は、しかし、意味を為さなかった。


 ついに、剣の距離に。ニニルーは近接戦闘を想定していない。前腕を分離させつつ距離を作り、友軍機の位置を見る。少し遠い。


 サヴァランを一機呼び戻して、その制御に集中する。数度斬り結んだ後、それはダヌイェルの剣を絡め取った。


「死ね!」


 魔導砲を撃たせる時、彼女はそう叫んでいた。赤い光を、青い光が塗り潰し、赫灼石を爆発させる。


 殺したことで、脳内で何か、快楽物質が大量に放出される。このために生きているのだ、と思わせるほどの快感だ。


「ダヌイェルと歩兵は研究所の制圧に入れ! 空は私が抑える!」


 コンテナを持ったダヌイェルが艦から降りて、眼下の灰色の研究所に向かう。


 五基のムールルと、幾つもの無人機を同時に制御するカムル。通常の人間なら気絶していてもおかしくない負荷だ。


「すげえよな、カムル隊長」


 そんな声が、コンテナの中で響いた。


 さて、航空優勢を確保しつつあるザハッドナは、敵艦を三隻ほど沈めている。その事実を重く受け止めた帝国参謀本部は、マナエとの交渉を開始した。


「何用だ?」


 赤い魔導義眼を暗闇の中で光らせながら、老人は重々しく問うた。


「ザハッドナ、何を目的としている。祖国を攻撃しているのだぞ」


 立派な顎髭を蓄えた参謀総長が言う。


「今の帝国は、皇国を倒そうとしない……それどころか、仇敵を討たんとする我々を再編成しようとした。間違っておる」

「つまり、皇国との全面戦争を求めているのか」

「ああ、そうだとも」


 参謀総長は、顔を歪ませる。


「先の戦争で、帝国は経済的にも軍事的にも打撃を受けた。まだ立ち直ってはいない」

「古代兵器がある。穴は埋められよう」


 老人のはっきりとしすぎた返事に、髭面の彼は呻いてしまう。


「……勝つ見込みは」

「負けはせん」


 総長とて、皇国を恨んでいないわけではない。できることなら滅ぼしたい。そんな彼に、老人の誘惑はあまりにも甘い香を放っているように感ぜられた。


「陛下に上申する。戦闘行動の停止を命じてくれ」

「ほう……いいだろう」


 それから程なくして、カムルの耳に老人の指示が届いた。


「了解──ダヌイェル部隊に通達。戦闘停止の命令が下った」


 帝国軍の機体も帰投を始めている。その背中に一撃を加えたい衝動を抑えながら、カムルも船に戻った。


 それを出迎えたのは、出番を待っていたセオだ。


「結局僕はいらなかった、ってわけだ」

「今死なれては困るからな」

「それは老人の言葉? それともカムル・オッフの個人的な情?」


 その問いかけに、カムルは答えなかった。


「つまらなくなったよね」

「面白い人間ではない」


 冷たく切り捨て、彼女は格納庫を後にした。


「何が変わったんだね。残念だ」


 セオが独り言ちた言葉は、届かなかった。



 ◆


 それと時を同じくして、碧海島周辺の空域。ザハッドナ三番隊が、攻撃を仕掛けていた。


 迎撃に上がった芽吹は、カムルの姿を探す。しかし、なかった。それはそれ、と割り切る理性で彼はダヌイェルの一機を撃ち抜いた。


 蹴りを繰り出す敵機の脚を切断し、後ろへ。拡散魔力砲でメインスラスタを潰し、後のことは友軍機に任せた。


「そこだよなあ、芽吹!」


 そんな彼に迫る、紫の機体。


「ケルスが来たか!」


 長い爪と刃が幾度となく衝突し、互いのコーティングを削っていく。手甲のブレードを突き出してきたケルスの一撃が、焔輝の肩部装甲を引っ掻いた。


 一方で、それは限界ギリギリを攻めた回避行動でもあった。芽吹はケルスの首を刎ね、その勢いを殺さないまま機体を反転させる。逆立ちの姿勢から、背中の魔力砲を勘任せに撃った。


 結果、紫の機体は左腕を喪った。


「行けよムールル!」


 肩と背中から斬撃デッセムールルが分離する。その狙いが自身でないことを、芽吹はよく理解していた。それでも、撃ち落としに行く余裕はない。ひたすらに喰らい付いて、ムールルを操る余裕を与えさせないことだけが、全てを丸く収める手段だ。


 芽吹は増速をかける。ケルスの腕部魔力砲が作り出す弾幕を、左腕の障壁で受ける。ここで決めたかった。


 サブセンサで状況を大まかに把握したウーアノは、何も恐れず接近する歴戦のエースに微笑んだ。


「やるよなあ、芽吹!」


 スパイクを伴い、膝蹴り。焔輝の障壁発生装置に突き刺さる。爆発の前に左前腕は切り離される。


 爆発。煙の中からどう出るか──ウーアノがそう笑いながら考えた──そこで思考は途切れた。


 芽吹は、やはり鋭かった。爆炎を真っすぐ突っ切り、太刀を寝かせて刺突を繰り出したのだ。


 魔力コーティングを切っ先に集めたその一撃は、正確にクーウナ・ケルスのコックピットを穿った。


 動かなくなった紫の機体は、海中に没する。クーウナシリーズ、いや、先の戦争で多大なる戦果を挙げたハダナに連なる機体は、赫灼石を納めたユニットが背中から飛び出ている。


 それは、接続器を小型化しきれず、多少のリスクは承知で爆発の危険性がある赫灼石を外付けにしたのだ。


 故に、胸を貫いただけでは機体は爆散しない。芽吹は持って帰ることも考えたが、左腕無しでは不可能だった。


「こちら黒鷲一番。ダメージを受けた。帰投する」


 そう言って、彼は機体を碧海島に向けた。


「何時間で終わる」


 格納庫に降り立つや否や、彼は菱形に向かって尋ねた。


「二時間で、でしょう?」

「ありがとう。頼むよ」


 パイロットルームの椅子に深く腰掛け、目を閉じる。隼人がいれば、何時何時に起こしてくれ、と言えるのだが、そんな相手はもういない。


(カムル・オッフ……何をしている?)


 考えごともそこそこに、彼は眠りに落ちる。目覚めた時には、ザハッドナは撤退の動きを見せていた。


「黒鷲隊は、一度ここで待ってもらう」


 機体に乗り込んだ芽吹は、冬弥にそう告げられた。


「敵が第二次攻撃の素振りを見せるかもしれんからな」

「了解」


 できることなら飛び出したかった。そこに、仇敵はいないというのに。

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