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流星墜つ

「そうか、ウーアノが、死んだか……」


 ヤガ砦にて、レドゥは一報を受けて呟いた。長い白髪を沈ませ、俯く。


「この分は、私が取り返す」


 その姿勢のまま、彼女はカムルに向けて告げる。


「アルシリーズは必要か」

「私の仇討は、私の手でやりたい。万が一私まで死んだら……その分は、ツァンドゥとカムルで頼む」


 決意なのか、諦めなのか。カムルの肚の底で蠢いている何かが、その二択を迫った。だが、すぐに思考は塗り潰される。


「戦力を無駄にはするなよ。ダヌイェルも減ってきている」

「わかっているよ」


 青い絨毯の士官室から、レドゥが出ていく。その背中を見送るカムルは、引き留めようと手を伸ばしていた。


(何をしている?)


 自問。


(復讐を止める権利も義務も私にはない。そうだろう)


 突如として、頭の中でトンカチが暴れまわっているような痛みが、彼女を襲う。床に蹲り、震える手で顔を抑える。五分ほどでそれは過ぎ去った。


(私はカムル・オッフだ)


 英雄、マイ・オッフの娘。仇討ちを為す存在だと、自分を規定し続けてきた。それは今更変わることはない。しかし、どこか、家族のもとに帰りたいという思考がこびりついている。


(情など捨てろ。今更帰る場所などないだろうに)


 誰かの言葉が響く。同時に、


(もうやめようよ)


 とも聞こえてくる。


(私は……)


 列車がぶつかったような衝撃に揺られる中、ふらついた覚束ない足取りで、彼女は船に向かった。


 道中、グラウンドに出る所で、日課のランニングを行うパイロットたちとすれ違った。斥力発生装置でGは緩和されるものの、やはり基礎的な体力は、かなり必要となる。カムルも既に済ませた後だ。


 ぼんやりとした頭でそれを見送っていると、次に来た士官たちが彼女に気づいて、敬礼を送ってきた。当然、返す。


 空はどんよりと曇っている。天気予報によれば明日までは降らないそうだが、それをどこまで信じるか、と彼女は疑っていた。


 白い装束は、冬の空気から体を遮断してくれる。ふと、手袋に覆われた掌を見た。その中央からとめどなく血が溢れてきた。ここにいてはならない気がして、駆け出す。


 アフェム艦内に入り、誰とも挨拶しないで私室に駆け込む。手袋を外しても、傷はなかった。


 自分の中で、何かの歯車が狂っている。その自覚は薄らぼんやりとあった。だが、何故そうなのかはわからない。掴めない。まるで、闇の中だ。


 絢爛豪華、過剰なまでに飾られた部屋。居心地は良くない。ただ、規定された通りに生きろと責め立てられるようだ。


 そんな悩みは、スウッと消えていく。鎮痛剤を飲んだように。


(私はカムル・オッフだ)


 落ち着いていく呼吸。


(大原芽吹を、殺す者)





 二日後、碧海島に再びの攻撃があった。襲来するロケット弾を対空砲が撃ち落とし、空に花火を咲かせる。


「司令から黒鷲一番へ。白い機体がいる。お前に対処を頼みたい」

「了解──一番から黒鷲各機へ。白いクーウナは俺がやる。緑のを寄せ付けないでくれ」


 一斉に帰ってくる了解の一言。いい部下を持ったな、という思いと、もう誰も失わないという覚悟とを胸に抱き、スラスタのパワーを上げた。


 ダヌイェルの妨害をいとも簡単にすり抜け、白い機体──ラタを捕捉する。


「大原芽吹だな」


 国際救難チャンネルを使った通信だ。


「……そうだ」

「ならいい。ここで、終わらせる」


 ラタが背負った魔力砲を放つ直前、芽吹は全砲門を一点に集中させて、魔力の嵐を放った。既の所でその一撃を躱した白は、次いで飛来した拡散魔力砲を前腕の障壁で防いだ。


 そこからは、熾烈な追いかけっこが始まった。焔輝の刀が幾度となくラタの直剣を打ち、コーティングを削っていく。馬力が違う──レドゥはそう思わされた。


 だが、彼女とて無策ではない。肩部にムールルの代わりとして懸架してあるスラスタ付き魔力砲で、牽制しつつ独特の機動で反撃を躱す。


 ついに、距離を詰められる。斬り結んで、彼女は剣を押し下げる。開いた所に肩部機関砲を──しかし、芽吹は熟練の勘で後方に宙返りし、離れた。


「チイッ!」


 彼女の口から舌打ちが出る。腕部マルチランチャを相手に向け、引き金。数発のロケットが海に落ちた。高く水柱が立つ。


 その間に、焔輝は高度を上げていた。一点集中の、斉射が行われた。レドゥは機体フレームの剛性が許す限りの高Gマヌーバでそれを避けて、負荷に震える背部魔力砲で撃ち返した。


 だが、当たらない。手足のように、という言葉があるが、今の芽吹はそれを超えた人機一体の境地に至っていた。ギリギリまで調整を重ねた、コンマ一秒のラグもない思考制御。緻密にバランスを計算された推進器。そうしたものが、彼を支えていた。


 ラタが胸部魔力砲を収束モードで放った。焔輝はバレルロールでそれを回避しながら、接近する。太刀を両手で握り、真っ向から振り下ろす。


 一度、剣を打った。二度、叩きつけた。概ね勘を掴んだ芽吹は、一つ賭けに出た。コーティングを一点集中させ、ラタの剣に斬り掛かる。そして、断った。


 刀身の内、インパクトを起こすであろう部分にのみ魔力を集め、振ったのだ。少しでもズレが生じれば刀が折れるリスクもあった。だが、そうでもしなければ優位は作れなかっただろう。


「流石だよ、芽吹!」


 破損した武器を投げ捨てつつ、レドゥは距離を作る。序に、腕部ランチャから榴散弾を放ち、焔輝の動きを制限した。その間に、近くのダヌイェルから剣を譲り受ける。


 センサを潰されないために防護の姿勢を取ったその敵機へ、ラタは増速する。横方向に剣を振り抜く──だが、焔輝は降下した。直後、急上昇して白の脚を奪う。


 逃げようとレドゥは上昇を始めたが、すぐに追いつかれ、胸部の魔力砲を切り裂かれた後、頭を掴まれる。


「カムル・オッフはどこにいる。何に乗っている」

「……ニニルーっていう、大きくて青いのに乗っているよ」

「そうか」


 離れた、と思えば、すぐさまラタは両腕を失う。がっちりと掴まれ、運ばれる。


「天光条約は適用されるんだろうね」


 帝国と皇国の間で結ばれた、捕虜の扱いに関する条約だ。


「お前たちは正規軍ということになった。士官相当の待遇だろう」


 ダヌイェルが奪還に来るが、玲奈機が割って入って撃退した。


「俺は捕虜を連れて帰る。援護を頼む」

「了解」


 玲奈は優秀なパイロットだ。この戦いでも三機のスコアを挙げている。安心して背中を任せられる。


 捕虜の手続きを済ませ、芽吹が空に上がったのは、一時間後のことだった。





 碧海島基地の地下、尋問室。椅子に縛られたレドゥは頬を殴られた。


「条約違反じゃないか」

「どうせバレやしねえよ」


 情報局の尋問官が、荒々しく言う。


「それで? お前らは皇国と全面戦争をやるつもりなのか?」

「まあ、そんなところかな。帝国も動き出している。古代兵器の量産が成功すれば、皇国は一週間ともたないだろうね」

「ハッタリが下手だな。皇国の領土がどれだけ広いか、知らないわけはあるめえよ」


 もう一人の尋問官が声を上げて笑う。だが、レドゥの目はそんな彼をこそ嗤笑していた。


「んだよ、できるってのか?」

「魔導粒子砲は、通常の障壁では防御できない。都市を滅ぼすのだって、そう時間はかからないよ」


 言い切られて、多少の不安が芽生えた所、扉が開く。


「大原少佐!」


 二人の尋問官は一斉に敬礼して席を空けた。


「レドゥ、だったか。先の戦争じゃ白い流星なんてあだ名があったらしい」

「勉強熱心なことで」

「共和国からデータを得た。アルシリーズとの戦い方について話せ」

「……装甲強度自体は、大したことはない。赫灼騎兵にも使われてる合金だ。魔力コーティングが施された刀剣類で、容易に破壊できる」


 それで満足していないことを見抜いた彼女は、少し微笑んだ。


「二度と殴らない、って保証があるなら続きを話すよ」

「わかった。指示を出させる」

「助かるよ……射撃は無意味だ。古代式の障壁は、魔力砲のエネルギーを吸収して、自身のパワーに変えるんだ。接近戦を仕掛けなきゃ勝機はないね」

「そうか。よく理解できた」


 そう言って、芽吹は立ち上がる。


「士官待遇を徹底しろよ」


 彼は尋問官に告げて、立ち去った。来るべき、決戦の時が近いことを悟って。

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