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ラストミッション

 帝国は、ザハッドナの再編成計画を破棄した。それは、彼女らを主戦力として承認することを意味し、古代兵器を軸とした侵攻を開始する切っ掛けとなった。


 ニザラ島と首都ユチアを既に失陥していた共和国は、その直前に皇国へ同盟締結を打診していた。


「共和国の奪還作戦に、西部諸島方面軍から焔輝部隊を参加させるよう要請があった」


 冬弥が白狼と黒鷲を集め、説明を始めた。


「ヤガを取り戻された以上、あまり戦力は割きたくない……碧海島と天炎島は、最前線となる可能性から除外していただいた」


 義足をギシギシと鳴らしながら、彼は部下を見回す。


「従って、多然島と紅潮島の戦力を派遣することになるが……この間にザハッドナによる攻撃があった場合、支援が手薄になってしまう。理解してくれ」


 本末転倒ではないか、と芽吹は思ったが、黙っていた。


「わかっている。軍の本分は祖国の防衛だ。だが、ここで拒否すれば共和国からの応援を受けることができなくなる。回り回って祖国のためになるんだ」


 いい顔をしないパイロットたちに、謝るようにして冬弥は言う。


「帝国がいつ矛先を我々に向けてくるか、正確なことは何も言えん。備えてくれ」


 敬礼を送り合って、解散となった。


 廊下に出た芽吹の隣に、玲奈が立った。どこか不安を宿した彼女の表情を見て、彼はゆっくりと口を開いた。


「俺は死なないよ」


 エレベータを待つ、数十秒。


「家族を残して死ねない。湊も笑も、幼いんだから……」


 彼は籠に入った。玲奈は、進まなかった。


(わかってる。隊長は私のことを見てはいない)


 困惑気味に扉を閉じた芽吹を見送って、彼女は俯いた。


(でも、隼人中佐を追うようなことは、防がなきゃ)


 しかと決意を胸に抱き、前を向いたのだった。





「そろそろ、本命の計画を動かさねばならんな」


 アフェムの通信室で、カムルは老人を前にしていた。暗闇に赤い魔導義眼が輝いている。


「皇国への侵攻か」

「いかにも。彼奴らの薄汚い天子を縊り殺してしまえ」

「……昇陽に至るまで、かなりの距離がある。そう容易くはないぞ。アフェム級のステルスも、既に無意味となりつつある」

「だからなんだ? 来る者全て焼き払え」


 冷徹、というよりかは、愉悦と言った方が老人の声音には似合っていた。


「それとも、恐れているのか? ニニルーを以てしても大原芽吹を殺し得ないと?」

「何を言うか。焔輝がどれほどのものであっても、私なら殺せる」

「ならいい……しかし、魔力炉の完全再現とはいかなかったな」


 現代に蘇った魔力炉は、日中でしか十分なパワーを発揮できない。月光では十分に魔力を増幅できず、一般的な赫灼騎兵並みの出力に落ちてしまうのだ。


「アルシリーズも、僅かだが失われた。いずれ対抗策を講じてくる。その前に、彼奴らを徹底的に叩け。いいな?」


 言葉の一つ一つが脳に染み込んでいくような不快感を覚えながら、カムルは頷いた。


「……努々、敗北は許されないということを忘れるな」

「よく理解しているつもりだ」


 返答を待たず、老人は回線を閉じた。ニニルーの状態は完璧。ライハに多少の損傷はあれど、二機はすぐに動かせるし、アルシリーズも十分な数が残っている。


(後は、リバースエンジニアリングを待つだけか)


 修復可能な古代兵器の発掘に頼っていては、いつか必ず現界が来る。そこで、帝国は基幹システム──遠隔制御システムをコピーし、多少性能を落とした赫灼石搭載型の開発、という計画を承認した。


 古代式の障壁を再現できるだけの出力を確保するのは容易なことではないが、赫天から得た小型接続器と、ゼッセノーアから得た高効率抽出機を組み合わせれば不可能ではない、という結論に至る。


 結果、実現はそう遠くないと技術部は判断し、議会はそれを通過させたのだった。


(だとして、待っていては間に合わなくなる)


 アルシリーズも、一桁だが共和国に鹵獲されている。古代式の障壁──粒子に変換した魔力による防御壁をコピーされれば、粒子砲でも決定打にならなくなる。その事態は、避けたかった。


 畢竟、素早く動くしかない。ライハの整備が終わり次第、出撃する腹積もりだ。それを伝えるために、艦長の居所へ向かった。





 二日ほど、過ぎた。昇陽を始めとした皇国主要都市にて、とある試験が行われていた。


「これが古代式の障壁ですか」


 その様子を碧海島の基地で見ていた芽吹は、静かに言った。本来障壁は不可視だが、試験のために赤く色が付けてある。


「ああ。魔力で生成した粒子をドーム状に展開し……受けた魔力による攻撃からエネルギーを自己補完するものだ。魔導粒子砲にも耐え得る」


 士官室のテレビだ。冬弥もいる。


「異常な速度ですね。どうやってこんな技術を?」

「共和国が入手した白い無人機──アルシリーズの、障壁発生装置をデッドコピーしたものと聞いている。今は量産計画を立案している最中だ」

「それまで、敵を足止めするのが我々の役割ですか」

「そうなるな」


 ズズッ、と誰かが茶を啜った。


「あれができたら、私たちお払い箱ですかねぇ」


 なんてことを玲奈が言う。


「これは対症療法だ。ザハッドナ──いや、帝国という病巣を取り除く時は必ず来る」


 冬弥の言葉に、誰も同意した。原因療法で、全てを片付けなければならないのだ。


 国内の赫天を焔輝に置き換える作業は、明日、最後の一隊の機種転換が終わって完了となる。余った赫天は、クーウナから着想を得た低出力接続器搭載型に切り替えられ、順次九一式から置換される予定だ。


 そうなれば、と芽吹は思う。緑のクーウナ、ダヌイェルに対抗できる戦力が増えれば、かなり仕事が楽になる。戦争は一人で行うものでないことを、彼は知っていた。


「──情報が入りました。起動試験は成功。成功です!」


 アナウンサーが叫ぶ。士官室は拍手で満たされた。だが、すぐに緊迫感に包まれた。


「防空識別圏に侵入せんとする未確認機あり。パイロットは出撃用意」


 俄かに騒がしくなる。これまでも他愛無い会話はあったが、それとは全く異質の、硬質な空気がパイロットたちを急がせる。芽吹も、駆け出した。


 彼の頭にはパイロットのローテーションが入っている。現在の五分待機は白狼の三番と四番だ。すぐさま死ぬようなことはないだろうが、少しでも早く上がってやらねばならない。


 更衣室で装具を身に着け、また走る。格納庫のキャットウォークから飛び出している足場を駆け抜け、胸のコックピットに滑り込んだ。


「最終調整に二時間はかかりますよ!」

「一時間で終わらせろ!」


 無理難題とは思いながら、それが必要となってしまうのが戦場だ。コックピットから覗き込んでくる菱形に怒号を飛ばしたのも、それが理由だった。


 五十二分後、また彼女が顔を見せる。


「行けますよ!」

「了解! 離れるんだ!」


 整備員が退避したのを確認した彼は、機体を外に動かした。格納庫から出た直後、斥力で浮上。一気に加速して飛び立った。


「スクランブル機から情報が来た」


 芽吹の耳朶を、冬弥の淡々とした声が打つ。


「ニニルーだ。ライハも二機確認されている。黒鷲一番には、ニニルーの足止めを頼みたい」

「足止め?」

「最悪の場合に備えて、民間人の避難を進めている。その間ニニルーを抑えて、完了し次第青龍港まで撤退するのが今回の作戦だ」


 不快、と言えばそうだった。一人の軍人として、能力を期待されていないような感覚。ニニルーならカムルだ。殺してやりたい。


「わかっている。だが、共和国の惨状は知っているだろう。一人でも多くの人々を生かさねばならんのだ」

「……了解。どうにかやります」


 彼自身、単なる足止めをしようとは思っていなかった。終わらせるつもりだった。家族の顔を思い起こしながら。


 そして、この日を以て、大原芽吹は大佐となった。

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