「こちら黒鷲一番。ニニルーは俺がやる」
青い、大型機。魔力パターンは確認できない。
(確か抽出器とは違う動力源……なるほど、魔力を外に発信していないのか)
詳しいことはわからなくとも、今の彼に支障はなかった。
「一番から各機へ。オレンジの機体を止めるんだ。領空には一機も入れるな!」
「了解!」
ニニルーへ飛ぶ芽吹機に、サヴァランが近づく。彼は粒子砲を捻り込むような動きで避け、胸部魔力砲を一射。防がれたのを確認しつつも減速はせず、首を刎ねた。共和国からの報告で、頭部を破壊されると遠隔制御ができないことを知っていたのだ。
僅かな情報だけで、彼はサヴァランへの対抗策を考えていた。性能で言えば、焔輝とアルシリーズは互角。なら、少し機体に無理をさせるだけで差は埋められる、と判断した。どの白がどの機体に制御されているかは知らないが、片っ端から墜としていけばいい。
具体的には、まず前提条件として芽吹自身が最高戦力として認識されていることを置き、ならば相応の戦力を向けてくるだろう、と推察できる。同士討ちを避けて近接戦闘を仕掛けざるを得ない状況を作り出せば、後は得意の剣戟だ。
焔輝が放つ、一点集中の斉射。古代式の壁に阻まれるも、一瞬視界を潰すことが彼の目的だった。太刀のコーティングを切っ先に集め、胸を穿つ。コアが爆ぜ、白い破片が空に散った。
エルゼンからの援護射撃を躱しつつ、ニニルーに向かう。上を取って刀を振り下ろせば、クローが間に入った。
「ここでも私の前に立つか! 芽吹!」
「だからと!」
青い機体のムールルが分離したのを見た彼は、一旦離れる。先程までいたその空間に、三条の紅い光が注がれた。
「速い!」
カムルは思わず口にしていた。幾ら撃っても躱し続ける仇敵を、知らず知らずのうちに認めていたのだ。
アルシリーズを嗾け、二つ三つと斬撃を行わせる。そのどれもが回避され、返り討ちになる。
「殺せ! 殺すんだ!」
少しずつ削れていく戦力──それが、彼女の中に焦りを産む。ライハを呼び寄せ、五連魔力砲で腕の一本でも、と思っても、芽吹は熟練のジョッキーのように機体を操ってオレンジの巨人に近づいた。
焔輝が太刀を逆手に持ち替える。三連粒子砲の引き金を引こうとしたライハの、その砲口に突き立て、一気に上まで斬り裂いた。魔力炉が爆ぜ、コックピットを断たれ、パイロットは脱出する時間もなく消え去る。
「邪魔をして!」
吐き捨てて、彼は再びニニルーに向かった。上から来るアルゼンの援護射撃を障壁で受け、背後に回った別の機体からの砲撃を危ない所で回避する。左足の装甲が灼ける。
それでも、と彼は進み続ける。魔力探知機に映る僅かな魔力の兆候で射撃タイミングを予測し、機体を動かす。だが、やはり限界はある。青い光が右脚を貫く。落ちる速力。遠ざかる敵。
「コード五〇五! スラスタのリミットを完全解除!」
「承認」
焔輝は自壊寸前の加速でニニルーに追い縋る。最早細かい制御はできない。右腕が千切れることだけを避け、他の部分は諦める。左肘から先が消え去り、右肩の魔力砲も吹き飛ばされる。
残り数十メートル。右腕を引き、刺突の姿勢に入る。狙うのは頭。情報によればコックピットがある頭。
斜め上にポジションをとる。急降下を始め、これで終わりにしようとする。しかし、叶わなかった。
間にサヴァランが飛び込む。魔導粒子砲を撃つ準備を完了した状態で。どうにか機体をロールさせたタイミングで、青い閃光が焔輝の右腕と頭を奪った。
「まだまだァ!」
残った砲を頭に向けた時、ニニルーはもう動いていた。分離した前腕部が胸に突き刺さり、赤く、残酷な一撃を放つ。
そして、空に花火が咲いた。
「ハハハ……やった、やったぞ!」
カムルは高揚のままに叫んでいた。
「やったんだ! 私は!」
スティックを握る手が震え出す。カヒュー、カヒューと浅い呼気。
「……ライハへ。私は一度船に戻る」
「了解」
消えそうな意識を繋ぎ止めながら、彼女はアフェムに帰り着いたのだった。
◆
結果として、碧海島防衛隊はザハッドナの上陸を許すことになった。白狼隊は六人の内四人が戦死、黒鷲隊は隊長機を失い、そのほかの機体も大きく傷ついたために撤退の指示を司令から受けた。その後、再編成を青龍にて行うこととなる。
その後、三か月で西部諸島は全て陥落。大量の避難民が生じ、昇陽地方及び大望地方へかなりの数が移り住んだ。
昇陽地方での決戦も覚悟した皇国上層部の不安とは裏腹に、ザハッドナはそこで侵攻を止めた。
その原因への推測は、様々なものが出た。戦力の払底、そもそも目的が領土でない可能性、共和国との前線を優先した、などなど。
実際の所は、最初のものだった。碧海島での戦いで多くのアルシリーズを失った帝国軍は、赫灼石によって動力源を代用した現代式の機体の開発を開始。攻撃の手を緩めたのだ。
加えて、皇国の焔輝部隊が、帝国が予想していた以上の練度であったことも一因だ。黒鷲と白狼が持ち帰った実戦データはすぐに解析され、頭部を集中攻撃する近接戦闘が最適と判断するに至る。
要は拮抗したのだ。古代式の障壁の存在も大きい。そうして、十年余りの月日が過ぎていく。
昇陽地方のとあるアパートで、一人の少年が家族に別れを告げた。金髪の母へ、頭を下げる。
「そんな、今生の別れじゃないんだから」
母の名は大原エリカ。傍らにはよく似た娘がいる。
「お兄ちゃん、手紙ちょうだいね?」
「うん、月に一回は送るよ」
旅立つのは大原湊。芽吹を思わせる、少し陰のある黒い瞳だ。荷物の類は既に学校に送っている。
「……きっと、お父さんことを言う人が何人もいると思うの。でも、あなたはあなたよ」
「わかってるって。じゃ、夏には顔見せに来るから」
貴重品の入った鞄を肩に下げ、階段を下りていく。ちょうどバスが来ていた。『軍学校行』と表示を出しているバスが。
これに乗れば、もう後戻りはできない。その意志を試すような視線を、運転手が送ってくる。
(笑と母さんが、幸せに生きられるようにするんだ)
父という大黒柱を失っても、大原一家は問題なく暮らせる程度の恩給を受け取っていた。
だが、悲しみに縛られた母がいる。喪失を喪失とさえ思えない妹がいる。彼自身、父の記憶は断片しかない。残された幾らかの写真だけが、思い出を記している。
彼は一段上がって、適当な座席に座った。
財布に入れた、一葉の写真。とても幼い頃のものだ。三歳の時、初めて立った笑の横で、自分も立てると怒りながら支えている写真だ。
バスは進んでいく。二度と引き返せない──いや、引き返さない道を。