本戦トーナメントが始まった。湊と優は、まず三年生の二位通過ペアとぶつかった。
「相手、焔輝組? 赫天組?」
湊は試合が始まるまでの時間で、バディにそう問うた。
「焔輝組らしい。まあ、当然だろう」
表示された赫天を見ながら、湊はイメージトレーニングを行った。言い方は悪いが、三年生は凡庸と聞く。なら、勝てる戦だなと、軽く息を吐いた。
「試合開始!」
その号令の直後、彼はスラスタを全開にして突っ込んだ。密度の低い砲撃などは隙間を潜り抜け、斬るタイミングを与えるに過ぎない。斜め下から繰り出した彼の斬撃は、コックピットに当たる直前で受け止められた。
「大原湊くんだね」
「……なんですか」
「嬉しいよ、君がザハッドナを打ち倒してくれるんだろう⁉」
「別に、大義なんてないですよ!」
離れ、射撃。口吻部の機関砲がダラララッと砲弾を吐き出し、三年生の装甲に細かい凹みを作る。
カメラでも潰せれば、と思っての行動だったが、そう楽にはいかなかった。三年生は左腕で頭部を隠し、脆弱な部分への被弾を避ける。
だとして、湊に遠慮する理由はない。どうせ壊れても直すことは考えなくてもいいのだ。逃げの動きに入った上級生へ、彼は突進する。斬る──と思わせた直後、頭を踏みつけて後方に回る。
「優!」
意識を自分へ引っ張った後、彼はそう叫んだ。相棒からの砲撃が、三年生機の両脚を奪う。
「それでいい! イエスだ!」
運動性を大幅に削がれた相手にやることは、一つ。止めだ。コックピットへ刃を突き立て、爆発させる。
「次!」
あっという間だった。二位通過とは雖も、経験値は相手の方が上であるはずだった。それを覆す、湊の無謀にさえ思える大胆な行動は、それを見ていた人間すべてを納得させた。
フウッ、と緊張から解き放たれた湊はトーナメント表を見た。次の試合は二年一位通過──雄牛と三年一位通過らしい。
(雄牛先輩とぶつかるな)
それは最早定められた未来と言ってよかった。いつの間にか名前で呼ぶようになった対番は、その暴力的までの実力で勝利を掴むだろう。大した苦労もなく。
「怖いのかい?」
優が揶揄ってくる。
「怖い、かもね。優、死ぬ気で行こう」
「縁起でもないこと言わないでくれよ。僕は死ぬつもりで戦う三流じゃないんだ」
飛騨浩二教官は言う。一流は自分が死ぬことなど考えない、と。常に満ち溢れる自信に体を浸し、生き残って幸せに生きると考えている、とも。
だが、それが指揮官の役割でないことは皆知っていた。万が一自分が死んでもうまく回るように考えておくのが、上に立つ者の義務だ。
考えごとをやめて、湊は雄牛の試合を見る。雄牛は躊躇わない。そう、一流の戦い方だ。性能が互角なら、最後にものを言うのは度胸と根性なのだろう。天性の肝っ玉を持っている彼は、試合開始から九十五秒で片方を撃墜した。
「……やっぱり怖いな」
優がそんな弱音を吐くので、湊は笑ってしまった。
「今からでもセラくんと代われないだろうか」
「なんだ、怖気づいた?」
「ああ、僕なんて百秒で墜とされるだろう」
三年生より少し長いのは、これまで積んできた練習故の自信に支えられていたからだった。
「優、まず僕が雄牛先輩とぶつかる」
「片割れを抑えろと言うんだろう? だが、一人で勝てるか?」
「違う。優が手早くペアを墜として二人で勝てる状況を作る」
「……正気か?」
湊が示した無言は、肯定を意味している。
「湊くん、二人で片割れを墜として、そこから戸剛毅先輩に向かうべきなんじゃないか?」
「雄牛先輩に対処しながら追うのは無理だ。だから、これが最適解なはず」
優が唸った。結局はベットしなければならない、というのはわかるが、それなら少しでも勝率が高い方に賭けたかった。結果、判断する。
「……わかったよ。やってみせる」
二回戦が始まる。晴れ渡った空と凪いだ海の間に、四機の赫天が現れる。
「湊! こうして手合わせできて嬉しいぞ!」
「今度は負けませんよ」
「寝言は起きて……いや、寝て言えだったか? まあ、いい! 受けて立とう!」
耳が痛くなるほどの大声を前に、湊は苦笑いする。
「試合、開始!」
指示と同時に、湊はやはり突撃した。雄牛もだ。追うも逃げるもなく、二人はひたすら斬り合った。刀が風を切ってヒュッ、と音を出す。刃がぶつかってガチンと音を立てる。
雄牛が繰り出した横薙ぎを、湊はバク転で躱す。斬り結んで、二人は低い所で押し合う。
絡め取ろうとして、両者拮抗。ギリギリと、魔力コーティングが削れていく。得物を少しずつ持ち上げる湊と、そうなれば押し切られることを悟った雄牛の、意地のぶつかり合いだった。
離れたのは、雄牛だった。コーティングを回復させる時間を稼ぎたいのはどちらも同じ、と判断した彼は牽制射撃にあまり注力していない。それが、間違いだった。
湊は、刀が折れるのを承知で斬り掛かった。
「いいぞ、それでこそだ、湊!」
リミッタが許す限りの出力で刀に魔力を送った雄牛は、後輩の勝利への貪欲さを目の当たりにして、高揚を抑えきれなかった。
二条の線が、青空に軌跡を残す。衝突しては離れ、離れては衝突を繰り返す。リミッタを解除しない段階では、二人とも限界に近いマヌーバを機体に強要していた。
埒が明かない──湊はそう理解した。ならば、やるべきことは一つだ。
「コード八〇八! スラスタのリミッタを解除!」
「承認」
ドッと増速した湊の赫天は、雄牛機を追い越した。そのまま振り向き、正面から一射。当たり前のように回避される。だが、それでよかった。
「優!」
ペアを墜とした優が、雄牛の背後に回っていた。
「ちいっ!」
思わず声を発した雄牛は、優からの砲撃をスレスレの所で避けて、湊に集中しようとした。どうせ優なら、振り切れると。
しかし、その見くびられた後輩が、自分に追いついている。上へ下へ、右へ左へ斥力と推力で動き回っても、優は影のようにへばりついてくる。
「面白い! 面白いぞ、宍戸優!」
逆立ちの状態から砲撃を繰り出し、優機の右脚を奪う。それでも、彼は退こうとしなかった。
雄牛の口の端が、マスクの中で吊り上がる。隙を見出した湊からの斬撃をいなし、暫し睨み合う。
「湊! そろそろ限界だろう!」
事実、彼のディスプレイには限界駆動の警告が出ている。だが、それは雄牛も同じことだった。
「決めましょう、雄牛先輩」
制御システムが、繰り返し関節への負荷が過剰だと叫ぶ。だからなんだ? 今、この二人の男の間にある、鍛えられようという鉄にも似た熱は、そんなものを吹き飛ばして火花を散らしていた。
屈したのは、雄牛だった。その刃はついに断たれ、無防備な胸を晒す。そこに、湊の剣が突き刺さった。爆発。
「……勝った」
優も湊も、同時に呟いた。
「勝ったぞ! 湊くん!」
叫び声を挙げ、優はヘルメットを外した。湊も同じで、ブースから出た二人は手を叩いた。
三回戦は、二年の二位通過ペアだった。だが、湊と優の熱い鋼は、水に入れられたように冷め、敗北を喫した。
◆
「学生の試合でこんなもん見れるとは思わなかった」
斗真が言う。
「機体に負荷をかけすぎだ。変な癖がつかなければいいけど」
光輝が言うので、彼は微笑みを向ける。
「ま、その辺は教官が教えるだろ。いやあ、楽しみだ……」
その後、自分が若造であることを思い出したかのように敗退した二つの希望を、この現役パイロットたちは苦笑で眺めていた。
「出し切ったんだろうな」
光輝が呟いた。
「うん。正真正銘の百パーセントだったんだろう」
メインコンテンツの終わりを見届けた二人は、隊長からの呼び出しを受けたのだった。