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陛下との面会は夕餐をご馳走になったこともあり、想定よりも長くかかってしまった。
ハルコンが馬車に乗って貴族寮に戻ってくると、館内はどこも真っ暗だった。
「フゥーッ! 今日は何だか疲れたなぁ~っ!」
自室に戻ってきたハルコンは、光魔石で部屋を真昼のように明るくした。
フォーマルな貴族服を丁寧に脱いでハンガーにかけると、下着姿のまま洗面台で手と顔を洗い始めた。
貴族寮とはいえ光魔石はとても高価だから、通常ではほとんど使われていない。
遅くまで起きている者は蝋燭や灯火用の油脂を使うのだが、学生は基本質素倹約を旨とするもの。ハルコンだけ、特別扱いを受けているのだ。
もう寮生達は皆寝てしまっているのだろう。館内はとても静かだった。
「さて、……まぁ、何とか陛下のご協力を得られることになったから、上手くいったね!」
そう呟いて一人ガッツポーズを取ると、ハルコンは冷蔵庫に足を向けた。
その冷蔵庫は、氷結魔石をふんだんに使った特注品だ。ドワーフの親方にアイデアを伝えると、驚きながら作ったまさに一点モノだ。
もちろん、世間には出回っていない。とりあえず、ハルコンの部屋で試験運用中だ。
ちなみに、ハルコンは傷み易い研究素材や私物を、この容量400リットルの筐体の中に、ぎっしりと詰め込んでいた。
ハルコンは果汁入りの甘い乳製飲料を取り出すと、笑顔でこくりこくりと飲んでいく。
「ぷはぁーっ! 生き返るぅ~っ!」
まさに至福のひととき。この一杯が止められない。
すると、タイミングよく夜9時を示す鐘が鳴った。
ハルコンは研究机から書類をいくつか手に取ると、ベッドにころんと横になりながら目を通し始めた。
どうするかなぁ、……。
ハルコンがちらりと見た先には、「聖地」の「回生の木」の花と葉から抽出したサンプルが、1800ミリリットルのビーカーにたっぷり入っている。
青紫色の液体。乳鉢で時間をかけて拵えた、労力の産物だ。
とりあえず成分が変化するとマズいので、冷蔵庫には入れずに常温保管しているのだが。
先程の面会で陛下が仰ったように、このサンプルを煎じて飲めば、まさに100人力を得られるらしい。
だが容量を間違えると、かつての王達と同じく、腸が腫れて死んでしまうという。
「ホンと、……どうしようかなぁ」
ハルコンが思わず独り言を呟いていると、書棚と収納家具の間の隙間から、ガタンと物の動く音がした。
「誰だっ!?」
思わずハルコンが叫ぶと、その少年はゆっくりと姿を現した。