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「何だよ、話って?」
「まぁ、そう言うなハルコン。オレも一級剣士の『先生』のおかげで、漸く目が覚めたんだ!」
「ほぅ。なら、話してみな!」
ハルコンはそう言うと、少しずつ力を緩めながらノーマンの拘束を解いた。
すると、ノーマンはホッとしたように床に胡坐をかいた。
「実はなハルコン。オレさ、もう改心したんだ!」
「改心?」
ハルコンは訝しく思った。こんな親子共々性格の悪い、周りに不愉快さを齎すロスシルド家の人間に、「改心」など到底あり得ないと思った。
「あぁっ。ウチの領にな、最近一級剣士殿が赴任されたんだ。父上も母上も剣士殿を尊敬していて、……オレも、剣士殿のことを『先生』って呼んでるんだぜっ!」
ニカリと笑うノーマン。
ハルコンは、あぁそう言えば陛下と父上(カイルズのこと)と宰相で話し合って、シルウィット領からロスシルド領に一級剣士を配置替えしたんだっけと思い出す。
主な目的は、ロスシルド領の状況を監視すること。ハルコンは見ているだけで不愉快になるから、最近は一級剣士に任せっきりで、思念をリンクさせるのを怠っていたのだ。
あぁ、仕方ない。直ぐに一級剣士に思念を同調させてみると、丁度晩餐の席だったようだ。
ロスシルドの当主ジョルナムが、満面の笑顔で剣士の盃に酒を注いでいた。
なるほど。上手くやってくれているみたいだなと、ハルコンは思った。
「それでノーマン、……剣士殿の赴任とオマエが心を入れ替えたことと、一体どういう関係があるんだ?」
「何言ってるハルコンッ! 大ありだぜっ! 一級剣士殿は『正義』の人だ! そんなお方がウチにこられているんだ! なら、ウチもいいところ、見せないとだぜっ!」
「は、はぁ、……」
ハルコンは、ノーマンの話し方や内容に対し、思い付きも大概にしろと思った。
何しろ、コイツには前科がある。ミラを散々甚振ってきた、極悪な罪がな!
「だからさぁ~っ、ハルコン。オレ達もこれから仲良くやろうぜ! お互い東方3領を治める貴族家としてなっ!」
そう言って、鼻を膨らませて自信満々に提案するノーマン。
「なら、オマエ。ミラに先ず謝罪しろ! 話はそれからだ!」
「OKェ! それぐらいお安い御用さ!」
ニカリと笑顔でサムズアップするノーマン。ハルコンは思わず引っ叩いてやろうかと思ったが、まだこれはヤツの罪のひとつ目に過ぎない。
もうひとつの罪も、ちゃんと謝罪して貰わないとな!
「オマエ、ちょっと立ってみろ!」
「おぉ、立つぜ! 仲間だからなっ!」
そう言って、機嫌良さそうにノーマンがピンと背筋を伸ばして立った。
妙に姿勢が正しいのが、かえって腹が立つとハルコンはイラっとしたのだが、……。
「じゃぁ、その場でジャンプ。7回跳んでみせろ!」
「OKェ! よく見てろよ、ハルコン!」
そう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねていると、ポトリと床に落ちる物があった。
ハルコンはそれを無言で拾う。最近発売されたマッチの箱。
王都にはまだ出回っていない。つまり、……この部屋の私物を、ノーマンがギッたのだ。
「おぃっ!」
すると、ノーマンが舌をぺろりと出して、ニコリと笑った。
「グハァッ!?」
次の瞬間、ハルコンの左拳が、ヤツの右ボディに炸裂していた。