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「このまま仙薬エリクサーが出来上がったら、もう周りは私のことを放っておいてはくれないんだろううなぁ、……」
独り言を呟くハルコン。その視線は、研究用の長机の上に並ぶ無数のビーカーや試験管、……それと、ひとつのガラス瓶に向けられていた。
そのガラス瓶の中には、うねうねとミミズ達が蠢いている。
本日は学校が休みだったので、ハルコンは朝5時に目覚めると、さっそく貴族寮の裏庭の花壇に向かった。
朝もやの中、ハルコンはたった一人、ハンドスコップで土をほじくって、ミミズを10匹程捕獲した。
「ヨシッ!」
ビンに詰めてからそう呟くと、ガラス瓶の中で蠢くミミズをじっと見る。
前世の晴子の時代、アイウィルメクチンの治験の結果が出るのに、あまりにも時間を要した。理由は簡単で、……晴子達の研究は絶えず妨害に遭っていたのだ。
だから、晴子は大学の構内の花壇からミミズを採取し、とりあえず、それで薬効を試したりしていた。
実験用のラットを使うにも、どこで誰が監視しているのかワカらない。そんな状況のため、極秘で結果を出すには、ミミズでの治験が最適だった。
今回、まだ「聖地」で採取した「回生の木」の葉と花が、「試薬A」に該当するのかは確認が取れていない。
現段階では、……あくまで仮説に過ぎないのだ。
ちなみに、昨晩渡したプロトタイプBについては、既にミミズでの治験をクリアしている。
更に、ハルコン本人が何度も飲んで副作用がないこと、体調回復といった効能も確認できているため、隣国の皇女殿下に進呈しても問題ないと判断した。
だが、今後プロトタイプAの薬効を調べるための治験は、どうしようか?
おそらく、寮長が王宮に報告に向かっていることから、国を挙げてのバックアップ体制が布かれることになるだろう。
なら、治験は国にお任せでいいだろうと、ハルコンは思った。
もちろん、心配がないかといえば、それは嘘になる。
これまで以上に、緻密な作業と判断が求められるはずだ。
* *
そろそろ、日が陰ってきた。そんな期待と不安が入り混じった気持ちでいると、……この世界に晴子の魂を送った張本人、女神様が再び現れたのだ。
「お久しぶりです、女神様。そろそろこられるかなぁと思っておりました」
「ふふふ、お久しぶりですね、晴子さん。こちらの世界でも、仙薬エリクサーをお作りになられたのですね!」
ニコリと微笑む女神様。夕陽の差し込む中、上品でゆったりとした薄白い装束を身に付け、瞳は慈愛に満ちて大変美しい。
「まぁ、……形にするだけで、精一杯ですよ。エヘヘへ、……」
「それは何よりです。そうそう、……先日のお『弁当』、とても美味しかったですよ!」
女神様はそう仰いながら、先日お供えに出した弁当箱をお返しになった。
「そう仰って頂けて、とても良かったです!」
「後、……これはお土産です。前世のあなたが好きだったヨッ〇モックのチョコクッキーのセットですよ!」
「わぁっ、嬉しいなぁ! さっそく頂きましょう!」
ハルコンは嬉しそうに缶を受け取ると、奥に下がって湯を沸かし始めた。