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「一級剣士さん。すみませんが、あなたとノーマンとのやり取りを確認したいので、これから『記憶』の一部にアクセスしても構いませんか?」
『ほぅ。ハルコン殿は、そんなこともできるのか? これでは、隠し事のひとつもできぬワケであるな?』
剣士は先程まで続けていたショートソードの素振りを止めると、手拭いで汗を拭きながら、女達のいるベンチに向かった。
すると、……こちらまで剣士の感情がじわりと伝わってくる。
剣士は空いた席に着くと、両手で頭を抱えながら、深く長いため息を吐いた。
あたかも赤龍が紅蓮の炎を吐き出す姿のように見え、剣士の感情がメラメラと燃え滾っているのがよぉ~くワカった。
それは、絶対強者への挑戦的な感情、……例えば、尊敬とか憎悪とか恐怖とかの諸々がない交ぜになったような感情。
つまり一級剣士は、こちらのことを絶対強者と内心では認めているワケだ。
「まぁ、……そうなりますね。止めておきますか?」
『いいや、構わんぞ。ハルコン殿なら、我の「記憶」を有効に使ってくれるのだろう?』
「もちろんです。この数ヶ月のノーマン・ロスシルドとのやり取りの『記憶』のみを追跡しますので! 余計なところは絶対見ません!」
『なら、サッサと始めてくれ! 我の女どもが慌てる様を見たくないのでな!』
「了解です!」
そう念話で告げると、ハルコンは中年の一級剣士の「記憶」の奥深くまで、「ダイブ」を開始した、……。
* *
『ノーマンッ! それでもオマエは貴族の子供かっ! 全くなってないぞっ!』
『ウッワァーッ!』
必死の形相で、木刀を上段に構えながら飛びかかってくるノーマン・ロスシルド。
だが一閃、バチンという音と共に、中年の一級剣士が体ごと弾き返すと、少年は床にだらしなく倒れ伏した。
おそらくここは、ロスシルド伯爵邸の離れにある修練場だね。
ハルコンは中年の一級剣士の「記憶」に同調しているため、これまでに見たことのない土地や建物でも、ちゃんとそれらしく「認識」できるのだ。
どうやら一級剣士さんは、ノーマンが学校の夏休みで領地に帰省して早々、キツく扱いてやってるんだなぁと、ハルコンは直ぐに理解した。