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28 思えば、遠くにまできたもんだね_08

   *          *


『やっ、やったぁーっ! 剣士から一本取ることができたぁーっ!』


 ノーマンが、感極まって叫び声を上げた。


 そんなどうしようもない少年を、ひたすら剣の道に生きてきた一級剣士がどう見ているのか、ハルコンはとても興味が湧いた。


 すると、一級剣士はニンマリとその美丈夫な顔に笑みを浮かべると、『やれば、できるじゃないかぁ!』といって、稽古場の床に倒れ伏したノーマンに手を差し伸べた。


「へぇ~、なるほどねぇ」


 ハルコンはそう呟きながら、思わず苦笑いを浮かべた。

 その武人は、これまでの処世術で、権力者といかに付き合うべきかよぉ~くワカっているようだ。


 平たく言えば、営業スマイル。

 特に雇い主の子弟には、最上級の特別待遇でにこやかに接するのだ。


『へっ、これくらい大したことねぇよ!』


 そう軽口を叩くノーマンだが、その表情は満更でもなさそうで、……。


『ノーマン、我からこれだけは伝えておく。本来、人というものは、正しく真っ直ぐに生きないと、武人として大きな成長を望めないのだ!』


『ケッ!』


『だがノーマン。オマエには素質がある。ここ数日、きつい稽古になると思うが、付いてこれるのであれば、まだまだ成長が期待できるぞ!』


 二マッと、中年の一級剣士が勘所を押さえて諭すように話すと、ノーマンは表情をパァーッと明るくする。


『ヘヘッ。やってやらぁ!』


 鼻をこすりながら、照れたように笑うノーマン。


『先生、倅のことを、何とぞよろしくお願いいたします!』


 普段絶対頭を下げないはずのジョルナムが、ごく当たり前のように深々と頭を下げると、剣士も『うむ!』といって頷いた。


 ハルコンは、それからしばらくの間、一級剣士の「記憶」を高速再生させて、事の顛末を確認した。

 もちろん、この映像はハルコン独特の並列処理で、目下演算しているところのものだ。


 現実のハルコンは、貴族寮の食堂の席に着き、ノーマンの目の前で白パンをちぎってオニオンスープに浸している最中だ。


 最近王都でも出回っている、濃厚な味のバターの入ったスープは絶品で、一口食べるたびに、ハルコンの心と気持ちは明るくなる。


 その一方で、ハルコンは一級剣士の「記憶」をトレースしながら、ノーマンが、夏休みの帰省期間中、ずっと剣士にマンツーマンで鍛えて貰っていた様子を観察する。


 一級剣士とノーマンの間には、どうやら少しずつだけど信頼感が芽生えたようだなぁと、ハルコンは思った。

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