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『その馬車の紋章を見て、オレは思わず背筋を凍らせたね。だってさ、それは敵国コリンドの上位貴族の紋章でさ。いくら常識のないオレでも、知っているヤツだったんだぜ!』
幸いにして、ノーマンはまだ子供故に身体が小さいことから、大人達に尾けていることを悟られることはなかったようだ。
一級剣士さんは言葉を選びながら、ノーマンに続きを話すよう促した。
『それでノーマン。オマエは、ジョルナム殿が隣国の要人の乗る馬車に入っていくのを目撃したのであるな?』
『あぁっ。目撃だけでなく、外から中を覗いたりしたんだぜ!』
夢中になって話すノーマン。一級剣士さんに話すことで胸のつかえが取れて、さぞや気が大きくなっているのだろうと、ハルコンは思った。
『馬車の中から大声で怒鳴る声がしてさ。ちらりと覗くと、父上が青い顔で平伏しているんだぜ!』
『ふむ、……』
『これは一体どういうことなの、師匠? 父上は、何故あぁも怒られているんだ?』
ノーマンは、父ジョルナムがコリンドの要人と密会する現場を目撃し、敵国と内通している事実を知って、大変ショックを受けたのだろうとハルコンは思った。
すると、一級剣士さんは穏やかに諭すように、ノーマンに語りかけた。
『ノーマン。オマエも誇り高きファイルド国の貴族だ。だが、そんな自負も大きく揺らぎ、ジョルナム殿のことを信じられなくなっているのだな?』
『あぁっ、そうさっ! 師匠の言うとおりだっ! この先、オレどうしたらいいのか、全然ワカらないんだ!』
意気消沈した様子のノーマンの肩を、一級剣士さんが優しく叩いた。
さて、……。
ジョルナム・ロスシルドは、コリンドの貴族に一体何て言われていたのだろう?
ハルコンは、次の展開を注視する。
『ノーマン。これからオマエの話すことが、一番大事だ。我に話してくれないか? ジョルナム殿は、コリンドの要人から一体何と詰問されていたのであるか?』
ノーマンは、最初躊躇っていた。
だが、そんなノーマンを無言でじっと見つめる中年の一級剣士。
ついに、ノーマンは腹を決めたのか、こう切り出した。
『次で必ずだっ、ジョルナム・ロスシルドッ! 何としても、……本物の仙薬エリクサーを、……持ち出してこいっ! さもなくば、次の戦争で、……オマエの領地を焦土にしてくれてやるぞっ! って、父上に怒鳴るんだ!』
『ほぉぅ、……』
どうやらノーマンは、敵国の要人が父ジョルナムを詰めてかかるのを見て、背中に火箸を当てられたように感じてしまったようだ。
『そっから先はワカらない。やったら恐ろしくて、無我夢中で森を抜けたら、屋敷に戻って直ぐに、部屋のベッドでオレは毛布を被って震えていたんだ、……』
なるほど。これを聞いて、一級剣士さんはどうするつもりなのかなぁ? と、ハルコンは思った。