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王都に向かう馬車の中でハルコン達の話が盛り上がっていた頃、馬車は王都の人々の食材を賄うために耕された、広大な畑の中に差しかかっていた。
ステラ殿下は車窓越しに収穫前の畑の様子をご覧になり、大きく目を見張っている。
「どれも、……たくさん実がなっていますね。今年の夏は豊作なのですか?」
思わず、感心した素振りでお訊ねになられる殿下。
ミラが、「それって話しちゃっていいのかなぁ?」といった調子でこちらを見やるので、ハルコンはひとつ頷いて応じることにした。
「殿下、……これらの畑は『肥料』をふんだんに撒いていますので、いつでもこんな具合ですよ」
「『肥料』? それって何ですか?」
ハルコンに、率直にお訊ねになられる殿下。そう言えば、コリンド国にまだ「肥料」についてはレクチャーしてなかったなぁと思う。
「畑の土地をこやし、野菜や樹木といった植物の育ちをよくするために、その土地に施す様々な物質のことですね」
「様々な物質? 一体、それはどんなものですか?」
「はい。窒素・燐酸(りんさん)・カリウムの三要素のどれかを、植物が吸収し易い形で含んでいる物質ですね。我々ファイルド国では、農家が家畜の糞尿を加工して堆肥、こやしにして使っておりますよ!」
ハルコンの説明に、殿下は「なるほど、……」と呟いて、じっと話を聞いている。
傍らのミラも、その科学的な視点に、「へぇぇーっ」と感心した様子で頷いている。
「それではハルコン様。その堆肥とやらは、この国ではいつからお作りになられているのですか?」
「そうですねぇ、……」
ハルコンとしては、まさか自分が農地改革の一環で、食糧増産の件で大臣から相談を受けたからアドバイスしてやった、……等と正直に伝えるワケにはいかないよなぁと思った。
見ると、ステラ殿下の目つきは先程とは打って変わって真剣そのものであり、滅多なことを言えない雰囲気があった。
だが、どうせこの場でしらばっくれてしまっても、後でバレる可能性がある。
『何故、ご自分で堆肥を作ることを農家に提言したことについて、私には黙っていらっしゃったのですか?』とね。
事実を調べ上げた殿下から、後でそう言って詰め寄られる可能性は十分にあり得る話だ。
傍らのミラを見ると、どこか心配そうな表情を浮かべている。
まぁ、今回は仕方ないかなぁと、ハルコンは思った。
「実は、私が農地の土壌の改良について相談を受けましたので、いくつか提言しております」
ハルコンは正直に、事実を殿下にお伝えした。
「さすがハルコン様っ! とても素晴らしいですわっ!!」
案の定、殿下はとても感激したご様子で、こちらの両手を掴むと、決して離そうとはしなかった。