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ほぉう。なかなかやるじゃない。
ハルコンの目から見て、シルファー先輩とステラ殿下の将棋の対局は、とても目を見張るものだった。
その対局は、一見すると冷静さと温厚さを保ちつつ、その水面下では激しい戦闘が繰り広げられている、そんな印象を与える感じだ。
まさに一触即発。2人は実力伯仲の「ライバル同士!」と、呼んでいいだろう。
ハルコンは前世の晴子の頃、大学の研究室でメンター達とのコミュニケーションを兼ねて、一度に多人数を相手にする、多面差しの対局をよく行っていた。
その場所は喫煙室に隣接したベランダで、皆咥え煙草でバチバチと駒を打っていたものだった。
そんなヘビースモーカーの仲間達を相手に、晴子は笑顔を絶やすことなく対局に応じていた。
そのおかげでマルチタスクに磨きがかかるようになり、その後の研究生活に大いに役立ったと、ハルコンはふと思い出した。
ハルコンは、シルファー先輩と初めてお会いした頃からず~っと、世が世なら、先輩はまさに女傑と呼ばれる存在になるのではないかと思っていた。
並び立つものがいない人物のことを傑物と言い、それが女性なら女傑と呼ぶ。
すると、そんなシルファー先輩を相手に、薄く笑みを浮かべながら、堂々と渡り合っている少女がいて、……それが隣国の姫君、ステラ殿下だった。
あぁ、……このお二人は、今後いい関係になって下さるといいなぁと、ハルコンは心から思った。
傍らにはミラがいて、そんなお二人の対局を、顎に手をやって真面目な顔をして分析している。
「ねぇ~っ、ハルコン。ステラ殿下のニ四の金、あれって良手なの?」
へぇーっ。よく見ているなぁと、ハルコンはちょっとだけ感心した。
「うぅ~ん、どうだろ? 次に先輩が二六の歩、殿下の三五の桂馬ときたら、ここで局面が発生するでしょ? ちょっと悪手かもしれないなぁ」
「なるほど」
ミラはそう呟くと、ムムムと盤面を見ながら再び考え込んだ様子。
そして、ハルコンが分析してみせたとおり、シルファー先輩の優勢で進行していく。
いつしか、ビリヤードを終えた上級生達も対局の見学に加わり、腕組みをして考え込んだりしていた。
ノーマンもまた、マルコム兄やケイザン兄達と同様に難しい顔をして対局を見守っているのだが、……。
「ねぇねぇハルコン。ノーマンのヤツ、将棋のルールも知らないのに、ワカったふりをして難しい顔をしてるよ!」
そう言って、不愉快そうに口を尖らせながら、耳元で教えてくれるミラ。
「ふふふ、だねっ、ミラ」
思わず苦笑いを浮かべると、ミラも眉間に皺を寄せながら笑顔を作った。
「負けました、……」
ここで、ステラ殿下が敗北宣言をされると、シルファー先輩はホッとしたのか、「フィィーッ!」と長いため息をお吐きになった。
「殿下、なかなかいい勝負でしたわ」
そう仰って、笑顔で右手を差し出すと、ステラ殿下もニコリと汗ばんだ笑顔で握手された。
「シルファー様、将棋が我が国に伝わったのは先月のことですの。まだ覚え立てでしたが、相手になりましたでしょうか?」
「へぇぇーっ!? まだ初心者なのぉ!?」
思わず目を白黒させるシルファー先輩。
実は、……先輩はハルコンから毎週指導を受けており、もう2年になる。「先輩は、初段くらいの実力の持ち主ですね!」と、ハルコンは伝えていた。
額に冷や汗を浮かべられるシルファー先輩に、とても素直な笑顔で「はいっ!」と返事をされるステラ殿下だった。