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「ハルコン殿、……これでよかでやすか?」
複数の書面にサインを終え、漸く顔を上げた女盗賊が、幾分辟易した様子でこちらを見てきた。
ハルコンはそれら書類全てを受け取ると、女盗賊のサインが指定の箇所にちゃんとされていることを、じっくり目を落として確認する。
思わず、心の中で「よし!」とハルコンは呟くと、ひとつだけ頷いた。
「はい。お手数をおかけしました。今後、我が研究所との長期的なお付き合い、どうぞよろしくお願い申し上げます!」
ハルコンがニッコリと笑顔を向けると、女盗賊も少し弱ったように、「たはは、……」といって笑顔を浮かべた。
「さて、これで契約完了です。ウチの研究所にはまだ正規の守衛がおらず、王宮から衛兵の一部をお借りしているところでした」
「そうでやしたか。ウチんところでも、女性の獣人連中に、もっと仕事をば与えてやりてぇと思っておりやしたので、……」
「なるほど。そうでしたか、……」
ハルコンが笑みを絶やすことなく相槌を打つと、女盗賊もホッと一息吐いた。
「あぃ。女連中と侮らねぇで欲しいでやす。ヤツらも男さ連中同様、ガキの頃から戦闘に特化ばしてるでやすゆぇ、守衛もお手のもんでやすよ!」
「それはありがたいです。先ほど、向こうの建築現場で何人か獣人の女性作業員の方を見ましたが、男性獣人よりも細身でしなやかそうで、……」
「まぁ、……そうでやすな」
「それと、何といっても威圧感がないのが、ありがたいなぁと思っていたところでした!」
「まぁ……、それは痛し痒し、……でやすな!」
こちらの言葉に、女盗賊はニヒヒと笑った。
「今回の女盗賊さんとの専属契約で、ウチとしましては、長期的かつ定期的に守衛を置くことができます。これで、我々研究者一同、安心して作業に励むことができます!」
「それは、よかったでやす!」
「ありがとう、女盗賊さん!」
そう言って半身だけ立ち上がると、右手を彼女の前に差し出した。
「たはは、こちらこそ。今後ともよろしくお願いでやす、ハルコン殿!」
女盗賊も立ち上がり、お互いにニッコリと笑顔で握手を交わした。
さて、……と。
ハルコンが窓から庭の花壇に設置した日時計を見ると、既に午後の5時を回っていた。
「もう、こんな時間か、……」
思わず呟くと、女盗賊も契約書類の半分を鞄にしまいながら、相槌を打つ。
こちらとしては、久しぶりの再会を祝して、これから夕飯を一緒にできたらいいんだけど。
すると、女盗賊からこう話してきた。
「ハルコン殿、……この後どんな予定でやすか? もしよければ、街で集まりがありやして、……。共に、こられんでやすかね?」
その提案に反応して、ハルコンは傍に立つ秘書長のシリアを思わず見上げた。
「えぇ、所長。本日はもう退所されてもよろしいですよ。後は、我々の方で手配しておきますので!」
「ありがとう、シリアさん!」
ハルコンは子供らしく、素直にニッコリと笑った。