* *
「さて、……と」
ハルコンは一人そう呟くと、早朝の初夏の、まだ暑くない時間にセイントーク別邸を後にした。
とりあえず、父上とローレル卿の言質を取ることができたよね。その後は王宮にいって、陛下のご理解を得られればいいんだけど。
そんなことを思いながら王都の貴族街を抜けていくと、次第に王宮と王城が見えてきた。
昨日、王宮からサスパニア出張旅行の命令が下った。
その翌朝早々に参内したところ、通いの官吏達の出勤時間よりも早い時間ではあるのだけど、……とにかく人影はまばらだった。
王城の門前にいる騎士達も、王宮にいる官吏達、また女官やメイド達に、以前のような忙しい雰囲気は特に見られなかった。
ほんの数年前、まだ隣国コリンドと停戦中だった時、……。
王族から下級官吏まで、誰もが全身にピリピリとしたオーラを漂わせていて、まさに臨戦態勢と表現していい状態だったと思う。
それが、ここ最近は実におっとりしたものだ。
すると、……ふと前世の晴子の頃のことを思い出した。
主任教授と共に、上級官公庁に予算の申請書類を提出しにいった際、その現場で見かけた役人達の雰囲気と、どことなく似ているような気がしたのだ。
なるほどねぇ、……。役所っていうのは、どこも似たようなもんなのだなぁと。
でもさ、……。今になって思うんだけどさ、当時の日本は、見た目ほど平和ではなかったのかもしれないよね。
実際の話、それからしばらくしてから、ウチの研究室は度々トラブルに見舞われるようになったんだしね。
どこもかしこも多くの利権が介在し、既得権益の保護が優先されていた現状なワケだし、……。
おまけに、同盟国アルメリアからの継続的な監視と、その傀儡達による国家運営が常態化していたんだよなぁ……と。
そう考えると、何だか苦々しい気持ちになっちゃうよね。
まぁ、たぶんだけどさぁ、……。
ウチの研究室の動向は、絶えず日本の上級官庁を通じて、アルメリアにリークされ続けていたんだろうなぁ。
何しろ当時の私達は、予算でず~っと研究活動を縛られ続けてきたからさぁ。
とにかく、……全部包み隠さず、ありとあらゆることを、上級役所に報告するよう求められていたんだっけ。
だから、私達のアイウィルメクチン(仙薬エリクサーのこと)についても、絶えずアルメリアには筒抜けだったんだろうなぁ。
それに比べたらさ、今の異世界での研究生活は、ず~っと恵まれているんだと私は思うよ。
すると、突然朝8時を告げる5回の鐘が鳴った。
その途端、大勢の官吏達、女官や騎士達が一斉に出勤してきたため、館内は大変混雑してしまった。
「イケない、イケない。今の私は、あんな下らない世界にいるワケじゃないんだ!」
ハルコンはそう呟くと、首を左右に数回振って、頭の中のモヤモヤを払拭することに努めた。