『学武祭』武技・魔法技部門から一夜明けた次の日。
スクイドは現在〈学園〉ではなく自宅、といっても過言ではない程に馴染んだ3LDKの木造平屋。
エステルの住まう
真横には〈ゲソ〉で全快したリュウゼンがどっしりと空気を読めずに座っていた。
「がはははっ! 吾輩に勝利しておいてなんという様だエステル! いや、もう主人か!」
「いや、殆ど覚えてないし……リュウゼンに主人とか呼ばれると違和感あるから今まで通りでいいよ。でも、本当にいいの? 私、勝ったって言えるのかな」
「何度も言わせるな、吾輩が負けを認めておるのだ。これ以上も以下もない! それにな、吾輩も面倒な立場から解放されて、結構スッキリしておるのだ! おかげでスクイドとも友になれた! なにより、己よりも強き主人に仕えるは武人の誉れ! うぬには寧ろ感謝しかない」
豪快な笑い声を上げ、バシバシと背中を叩かれるスクイドの隣で、
「もう、わたくしのスクイド様にそのような乱暴な接し方はやめてくださいましっ」
ぎゅっと腕に絡む力を強めるルナ。
心なしかイザベラの手で果物ナイフが怪しげに光る。
「お、おいっ! 御館様にくっつき過ぎるな! 本当にやめろ、ボクは忠告したからな? 本当にやめておけばよかったという未来に至る前に、今すぐ離れた方がいい」
イザベラの笑顔に耐えられなくなったアイリスがルナの腕を引き、
「む、アイリス。いくらあなたが強くても、わたくしこの位置だけは譲りませんよ? ええ、譲りませんとも、例えあなたがスクイド様を強く思っていてもわたくし、負けませんわ」
「いや、確かにお慕いはしているけどさ、今そう言うんじゃないから!? なんだったらボクの思いなんて一瞬で細切れにされて、あの果物みたいに……ひぃ」
文字通りイザベラの手の中で細切れになった果物が皿の上に盛られていく。
スクイドは無表情のまま、しかし、背中から流れ出す汗が雄弁に心境を物語っていた。
「イザベラ? 果物はもう大丈夫だから、みんなに紅茶をお願いできる?」
「ふふふ、畏まりましたお嬢様、ふふふふ」
あくまで使用人のイザベラはメイドらしく給仕のため一旦部屋を後にする。
去り際に見せた粘つくような視線にスクイドは生物として命の危機を本能的に感じ取り、
「自分も、手伝おう……」
席を立とうとしたところで「なら、わたくしも」と更なる修羅場を生み出す予感しかしないルナという爆弾を連れていく訳にもいかず静かに腰を下ろした。
「みんな、今日はわざわざ有り難う。横になったままでゴメンなさい」
「はぁ、今更淑女らしさを出されても反応に困りますわ? それに、いきなりアレだけの力を引き出しておいて、その程度で済んでいるのが奇跡です」
【固有能力】の反動で現在ベッドから起き上がることもままならないエステルは休養を余儀なくされていた。
「まさか私にあんな【固有能力】があったなんて、自分でもびっくり……いえ、そうじゃないわね。
今は取り繕う時じゃない。みんなは、こんな見せかけ王女の近衛軍になってくれた、こんな私を選んでくれた大切な仲間だもん、だから全部話す。なぜ私が無謀とわかっていても王戦に挑むのか、その先に見据えているものは何か」
「うむ、聞かせてもらおうではないか! 主人の志を」
「……ふむ、そういえば聞いたことがなかった。エステルの過去語りか」
「別に、ボクはエステル姫に仕えていないけどね」
「わたくしも、スクイド様ありきですわ」
「最後の二人は空気読もうね? それとも、ツンデレな照れ屋さんなのかな?」
「はぁ? だ、だれが照れるもんか。ボクは御館様さえいれば、それで」
「わたくしはスクイド様ありきですわ」
「アイリスちゃんは可愛いから許す、クソエルフは一回殺す」
やいのやいのと一向に始まる気配のないエステルの過去語りは、それでもポツポツと紡がれる言葉によって形作らていった。