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第36話:どうあっても触手に縁のある王女様

 硬く冷たい地面の感触、手足に嵌められた枷の閉塞感を感じながらゆっくりとエステルの意識が浮上していく。


 目を開き周囲を見渡せば、見慣れた我が家の寝室ではなく鬱蒼とした木々の生い茂る森。


 どこか見覚えのある風景に心当たりを思わず口走る。


「——っイタタ。ここは、〈深緑の魔境〉?」


 スクイドと共に魔獣を狩りつつ進んだ森の雰囲気はまだエステルの記憶に新しい。


「キヒヒヒ、正解だよ哀れなお姫さん」


 突然かけられた声にびくりと肩を跳ねさせ視線を向ける。


 自由を奪われ地面に寝転がされているエステルを見下げる鋭い眼光。


 一見幼くも見える顔とは裏腹に凶悪なギザギザの牙を見せつけながら笑みを浮かべる灰色と黒の入り混じった髪、それだけを見れば一風変わった少女だが、


「魔族の異形種っ」


 それは上半身だけの話である。


 エステルは少女の下半身、灰色のぬるぬるとした表皮に黒のマダラ模様をした触手——蛸の足にも似た下半身を持つ少女の姿に眉を顰めた。


「はっ! 異形異形うるせぇ〜なぁ! テメェもテメェの国じゃ似たようなもんだろ姫さんよ?同族に売られてりゃ世話ねぇけどな〜」


「私を、どうするつもりですか」


 グッと唇を噛み締めたエステルは毅然とした表情で異形の魔族を見据える。


「ひひっ、いいね、いいねぇ〜。強気で健気な女の面を歪めるのも嫌いじゃないよ? あたいの名を悶えながら呼び続け、欲しい欲しいと懇願するまでその体に疼きを刻んでやりてぇなぁ〜」


 にゅるりと伸びた下半身の触手が足元からエステルの体を這いまわり、ゾクリ、と背筋を伝う激しい悪寒にエステルは身をすくませる。


「テメェは今から〈魔王様〉復活の贄だ。だからすぐに殺しはしない。でも、このスキュラ族のシアン様の名前を刻み込むぐらいの凌辱は役得としてあってもいいよなぁ?」


「ひっ、や、やめて」


 身体中を弄るように服の裾から入り込んでくる触手に小さく悲鳴を漏らすエステル。


 笑みを深めたシアンと名乗るスキュラ族の魔族はその蛸のような足を使ってエステルを宙に吊し上げた。


「泣いて、叫びなよ? 脳みそ溶けて気持ちよくなるまで、あたいの触手をたっぷりぶち込んでやるから——いぃってぇえっ!?」


 口元に伸びてきた触手の先端を、エステルは躊躇なく噛み切った。


「っぺ、マズ!」


「て、テメェ! 頭おかしいんじゃねぇのか!? 普通あの状況で触手食いちぎるかよ!?」


 手足を拘束されたままのエステルはそのまま地面へと落下するも、口に残った触手を吐き出してシアンを睨み据えた。


「おあいにく様! 私の美しい芸術品のような肢体は既に、あなたなんかよりもよっぽど恐ろしい〈触手〉に〈プレイ〉を予約されている身よ!!」


「え? あ〜、ちょっと何言ってるのか本当にわからねぇ。大丈夫か? おまえ」


 鼻息荒く、迫る触手に対して歯を噛み鳴らして抵抗を続けるエステルは何か可哀想な生き物を見るような視線を向けてくるシアンに向かい叫ぶ。


「ふん! 私は、白馬の王子とか、伝説の勇者とか! 姫を守る騎士とかっ! そんな抽象的な存在に夢見て期待するほどおめでたい美少女じゃない! 私は、野望のため、〈災厄〉に魂を売り渡した孤高の復讐姫! あいつが、あの変態が、自分の物である私という素材を掠め取られて黙っているわけがないっ!!」


 気迫を込めて宣言しきったエステル。


 イタイ生き物を見る視線は相変わらず、シアンはニヤリ笑みを讃え肩を竦めてみせた。


「助けが、来るってのかい? この魔境に、身内にすら見捨てられたテメェなんかのために?」


「ええ、間違いなくね」


 確信に満ちた瞳で断言するエステルだったが、内心あの気まぐれな古代の魔獣を思い浮かべると若干不安になって変な汗が出てくるのであった。

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