深緑の魔境。
先頭を走るスクイドに続きルナ、アイリスが左右後方、最後尾をリュウゼンという陣形で木々の生い茂る道なき道を走り抜けていく。
「……お、遅い? いえ。スクイド様のことです。なにか深いお考えが」
「御館様、緊急時ですらも優雅にごゆるりと移動される所作が素敵です」
「む、これは、鍛錬なのか? あえてこの速度で移動するのは逆に筋肉への負荷を増強させる、むう、やりおるな友よ」
まさに三種三様の勘違いを抱えながら、これでも全力疾走で先頭を行くスクイドはピクリと何かに反応を示しその場に静止した。
「なるほど、なるほど。吾輩、このように分かり易い歓迎は嫌いでないぞ」
リュウゼンが後方で偃月刀を構えると同時、木々の周囲から銀色の軌跡を靡かせ唸り声を上げる狼の魔獣〈
全員が深緑の同じ軍服に身を包んでいる。
「ふん、この程度ものの数ではございませんわ。わたくしの【神樹】はこのような森でこそ真価を発揮いたしますのよっ!」
ルナが軍人達を敵と認識した直後、手にした杖に黄金色の輝きが宿る。
瞬間その光に反応するかのように周囲の木々が蠢き、巨大な荊のように鋭利さを増した枝先を〈銀狼〉達に向けて放つ。
「ふんっ! ふんっ! ぬぅんっ!! ここは吾輩とルナに任せ、先を急げスクイドよ!」
偃月刀を一振りするごとに現役軍人を悉く吹き飛ばしながらリュウゼンが叫ぶ。
「え!? いえ、わたくしはスクイド様とっ! ちょっとリュウゼン!?あなた何を勝手な!」
「御館様、ここは任せましょう」
スクイドは思わぬところで素体の記憶から掘り起こされる「ここは任せて先に行け」を体験できた喜びにグッと胸に手を当て、アイリスの言葉に深く頷き返す。
「……了承した」
「御館様っ」
アイリスはそんなスクイドの仕草に仲間を思い心苦しむ様を妄想し身悶えた。
軍人よりも数の多い〈銀狼〉の群れを相手取りながら叫ぶルナの声を半ば無視して、スクイドとアイリスは先を急ぐのだった。
***
木々の合間を抜け、エステルの反応がある方向へとひたすら真っ直ぐに突き進むスクイド。
「下賤な魔獣ども、ボクが御館様のお側近くにある限り、近づくことは叶わないよ」
時折強襲をかけてくる野生の魔獣をアイリスが瞬時に〈影の刃〉で切り刻みながら後に続き、
「……ふむ、また待ち伏せ? こちらの位置を把握でもされているのか」
「御館様、ボク達はこの森に入った時から何らかの魔法により『監視』されていると思われます」
立ち止まったスクイドの側に膝をついて侍り所見を報告するアイリス。
そこへ見計らったように複数の軍人を従えた一際大柄な男がスクイド達の前に立ちはだかった。
「そこの猫耳ボクっ子少女の言う通り、君らの行動は私の【無属性創造魔法:
大柄な男は筋肉で膨張した軍服で更に胸を張り、ビシッとアイリスに熱い眼差しと指先を向ける。
「——っ、激しく気持ちが悪い。申し訳ありません御館様。ボクの未熟さが敵に付け入る隙を」
「いや、むしろ丁度良い。どうせ潰す予定だった」
スクイドは一歩前に進み出ると大柄な男に向かい手の平を翳し、
「おおっと。まずは自己紹介を。私はトーマス。シアン様の下僕にして一番のペット兼奴隷兼玩具!」
誇らしげに名乗ったトーマス。同時にアイリスの尻尾がブワッと太く膨張して逆立つ。
「スクイド君だったかな? 君は行け。シアン様が君をお待ちだ。エステル姫も同じ場所にいる」
「……ふむ。では第五王子近衛軍のトーマスとその部下は何が目的だ?」
「ふ、もうあんな小物王子などどうでも良い。私と私の部下がここにいる理由。それは偏に『シアン様にもっと色々開発されたい』からだっ!! 我々は既にフュングラム王国の軍人ではない! シアン様の専属親衛隊となった」
スクイドはよく理解できない思考に小首を傾げながら、ふいにアイリスへと視線を移す。
そこには汚い虫を蔑むような視線で尻尾を全開に逆立て、静かに【影】を足元に全開放して広げた漆黒の獅子の如きオーラを纏う美少女。
「御館様。エステル姫のもとへ行かれてください。ボクはこの世からクソ虫共を駆除しておきます」
【影】の中から質量を持たせ実体化させた漆黒の小刀を二対取り出したアイリスは言いながらスッと、暗闇に溶けて消える。
「……了承した」
スクイドが自然な足取りでトーマス達の横を通り過ぎる。刹那。
「ぎやぁあああっ!?」
トーマスの部下一人が悲鳴を上げ、血飛沫と共にその場で倒れ伏した。
「ちょ、待つんだ猫耳ボクっ子少女! 私は君と純粋にフェアな勝負を——」
「う、うぁああああっ」
再び突然鮮血を吹きながら倒れる部下。その光景にトーマスの顔色が次第に青ざめる。
『————御館様の為、せめて盛大に断末魔をお捧げしながら逝け、クソ害虫ども』
どこからともなく響いた仄暗く静かな少女の声に、トーマスと部下はガチガチと顎を鳴らし始め、
「た、たすけてシアン様————」
スクイドは阿鼻叫喚のコーラスを背に、振り返ることなくその場を後にしたのだった。