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第39話:烏賊VS蛸

 アイリスと別れてからしばらく。


 獣道すらない木々の生い茂る魔境は、ぽっかりと空間の空いた小川の流れる開けた場所に出た。


「……ふむ」


 奇しくもこの場所はスクイドとエステルが共に〈学園都市機構バベルディア〉へと向かう道中、エステルの訓練として魔獣を狩るための拠点にしていた場所。


「ひひひ、待ってたぜぇ? 色男。まさか本当にこんな哀れな姫を助けに来る奴がいるなんてな」


 素体の記憶から悪役モブキャラが言いそうなセリフ、ベスト8には確実に入る。


 と言う謎の表現を受け取りながらセリフの割に高くハスキーな声色の方へとスクイドは視線を向ける。


 蛸の少女、という表現が適切かはわからないが文字通りそこには腰から下に蛸足のような触手をもった黒と灰色が入り混じった髪色の少女が、ニヤリと悪い笑みを浮かべてこちらを見つめていた。


「……人種にも、自分と似たようなモノがいるのだな。エステルは——」


 特に違和感なく少女の存在を受け入れたスクイドは目的の王女を探して視線を泳がせ、


「ちょっと、こっち見ないで! なんでよりによって宙吊りなのよっ!?  早くここから降ろしなさい」


 太い木の枝から足を括られ必死にスカートを押さえている逆さ吊りの王女、を発見した。


「はぁ? 助けに来た奴がテンション上がるように嗜好を凝らしたサービスだろぉ?」


「意味わかんないしっ!? スクイドっ! 早く助けてよ!?」


 スクイドは一頻り宙吊りのエステルを見つめ際どい色々を脳内映像として記録し終えた後で、


「人種の蛸足を持った美少女。エステルは自分にとって重要な素材———……兼仲間だ。故に返してもらう」


 この一件から妙にスクイドの中で存在感を増してきた素体——〈カイの意思〉が頑なに『仲間』という単語を主張するため渋々口に出した。


「え? 仲間って私のこと? ど、どうしたの、急にそんな、え、え」


「その前に『素材』と言われていた事はいいのか……それより、スクイドだったな。あたいはスキュラ族のシアン様だ。んで? テメェさっきあたいの事、なんて言った?」


 うねうねと触手を見せびらかすように動かしながらシアンはスクイドに問い返した。


「……ふむ、どうにも自分はまだ言語におけるコミュニケーションを完全にマスターできていないらしい。なぜ、毎回伝わらず聞き返されるのか……自分は『人種の蛸足を持った美少女。エステルは自分にとって重要な素材———……兼仲間だ。故に返してもらう』と表現した」


 一語一句変わらず言い直したスクイドの言葉に、シアンはしばし黙り込む。


「——っふ、ふひ、ひひひひっ……『人』でってか、このあたいが? はっ。

 あたいが、待ち望んでやまない言葉をよりにもよって、今、テメェが言うかよ。余程あたいをバカにして蔑みたいか、本物の馬鹿野郎か、テメェはどっちだろうなぁあっ!!」


 怒りを滲ませた獰猛な笑みを湛えシアンが叫ぶ。


 同時に八本の触手をバネにグッと身を屈ませ、目の前へ跳ねるように直進。

 刹那の間にスクイドとの距離を詰めた。


「毒の牙に噛まれて朽ちろ。【種族技:猛毒ノ牙ポイズンファング】」


 スクイドに迫る触手、その先端が突如ガバリと口を開け牙が顕になる。


 よく見れば八本あるうちの四本の触手、その先端が狼のような獣の頭部になっており、牙の部分からは毒々しい色をした体液が滴っていた。


「ふむ、修行の成果というものを発揮する瞬間が来たようだ」


 迫り来る四頭の毒牙を前にスクイドは腰に差した軍装の剣、ではなく虚空から一振りのナニカを取り出し、四頭の触手をまとめて打ち払った。


「ひひ、やるじゃねぇか! そうじゃねぇとわざわざ待った意味がねぇよなっ——……一つ、聞いて良いか? その、なんだソレは、剣? にしては、どことなく良い香りが」


 スクイドが取り出したナニカに一瞬シアンが呆然と固まり、問いかけた事で我が意を得たとばかりに満足そうな表情でスクイドは応える。


「ふむ、良い質問だ。これは、本体から胴体の一部を切り取り、天日干しにして加工した一品。

『スルメ両刃剣』————自分の本体は魔法に加え様々な状態異常に対し無効耐性を持つだけでなく、あらゆる斬撃や打撃、物理攻撃も通りにくい。つまり、この『スルメ両刃剣』は最高の武器と呼べる一品に仕上がった」


 持ち手から剣身まで一枚ものの胴体を使用した贅沢な剣をスクイドは見せびらかすように掲げる。


 乾燥した『スルメ』の強度は鋼など比べるまでもなく強靭。

 伝説の金属と比較しても遜色はないだろう。というのがスクイドの見解である。


「大分意味がわかんねぇ。ま、まぁ、その干物みたいなナニカがテメェの得物ってことで良いんだよな?」


 なにをどうしたら良いのかわからないと言った面持ちのシアンにスクイドは深く頷き告げる。


「肯定だ。この『スルメ両刃剣』がこれからは自分の武器となる。では、始めよう」


 今度はこちらからとばかりにスクイドは手にした『スルメ両刃剣』をシアンに向けて振りかぶる。


「ちょっと取り乱したが、ここからが本番だよなぁ!」


 額の汗を拭いながらシアンはスクイドの剣を二頭の触手で噛み付くように受け止めた。


「あたいは英雄譚とか大好きなんだよ! 助けに来た騎士、囚われの姫! 妄想が膨らむよなぁ?

 もし、助けに来た騎士の前で囚われの姫が触手に凌辱されたら? むしろ騎士がドロドロの快楽に溺れたら? たまんねぇよな!? だからたっぷり楽しもうぜ————」


 スクイドは内心シアンの妄想に同意していたが、ひとまず現状を打破すべくスルメ両刃剣を引き抜こうと力を込めるが、更に二頭の触手が口を開けて剣を抑え込み、


「なにこれ、うまい」


 獣の頭部となった触手が甘噛みを繰り返しペロペロとスルメ両刃剣の剣身を舐め始めた。


「……」


「芳醇な海の香りにちょうど良い塩分、そしてこの噛みごたえ! 噛めば噛むほど味わいが広がっていく……何よりこの魔力濃度、半端じゃねぇ。うますぎる」


 スクイドは徐々にふやけていく剣身を静かに見つめた後で、そっと剣から手を離した。


「はぁ……なにをやっているんですかあなたは」


 エステルの呟きに何故か少しだけ心が軽くなったスクイドだった。

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