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徹夜明けのお誘い

結局今日の授業は午後に入る頃にはみんな眠気でどうにかなってしまいそうだったようでクラスの大半が机に沈んでいた。

レイン先生はそれを見ながら恨めしそうに目を細めていた。

「おい起きろ……!怒られるぞ……!」

「うーっ……」

スパーダが眠ってしまっているクローバーを起こそうとしている。

しかしレイン先生は寝ているみんなを起こそうとはしなかった。

「……もしかして、今日は許してくれるのかな?」

「……そうかも……もう起きてられない…。おやすみ……」

目覚めたかのように見えたクローバーは再び眠ってしまった。

「んじゃ、私も!おやすみー!」

スパーダが机に伏せた時レイン先生がスパーダの頭をはたいた。

「宣言するな、ばか」



そんな眠たい午後も乗越えようやく今日の授業は終わった。

「ん~……眠い……ねぇ、今日も訓練やるのぉ?」

先程まで教室で寝ていたクローバーはまだ眠そうに眼を擦りながらぼやく。

「……今日はやめておくか。みんなもその方がいいだろう?」

「賛成!賛成!大賛成!」

先程までの気だるげな雰囲気はどこへやら、クローバーはダイヤの提案を大声で即座に肯定した。

「うん!仕方ないよね!昨日大変だったもんね!」

「……やけに嬉しそうじゃないか」

はしゃぎすぎたクローバーはダイヤに指摘されてしまう。

「あっ……いやぁ……」

「……走るか?」

「いや~!今日はもういいよ~!」

ダイヤに脅された彼女は勘弁してくれとばかりに両手を挙げる。

「ふっ……私も今日はできそうにない。帰ろうか」

「はーい!」

今日は訓練もしないことになった。



「……さて、訓練もなくなったことだし、遊びに行こうよリリィねぇね!」

部屋に戻ってすぐにモカちゃんが私に飛びついてくる。

「いや寝ようよ!どんな体力してんの!?」

当たり前だが私はもう眠くて仕方がない。

始業時間が8時半なのに昨日の戦闘は6時前まで行われたのだ。

実際一時間も休めていない。

「モカ眠くないよ?睡眠時間は十分あったもん!」

そうかこの子……授業中しっかり寝てたな……。

「……あのね、私はしっかり授業受けてたの。眠くて仕方ないわよ……」

「ごめんなさい……」

私の言葉を受けてモカちゃんは少し悲しそうに謝る。

「じゃあ私はお風呂はいって寝るから。モカちゃんは存分に休暇を堪能してください」

「……なんか、怒ってる?」

眠気でつい言葉が強くなってしまったかもしれない。

それがいけなかったのか、モカちゃんは私の顔色を伺いながら問いかける。

「え?怒ってなんかないない!」

すぐに否定するも、彼女は落ち込んだまま顔を上げてくれない。

「そりゃそうだよね……二ーディもモカたちの方が多くもらっちゃってるし……モカはキノコの包み焼きを作ったくらいしか戦えてないし……」

「ちょ……ちょっとモカちゃん?」

「モカなんて……どうせ使えない子。なのに図々しくて……」

まずい……目が虚ろだ……!

モカちゃんはボソボソと自虐を続けている。

なんとか機嫌を取らないと……。

「あー!モカちゃん!私なんだかすごく遊びたくなってきた!ねぇ!遊ばない?」

わざとらしくなってしまったがとりあえずお誘いを申し立ててみる。

「えっ!ほんと!?」

彼女はまんまと私の言葉に反応して顔を上げる。

「うんうんっ!」

「うわぁい!やったぁ!」

跳ね飛びながら喜ぶ彼女の有り余るエネルギーを見ると、この後どれほどの娯楽に付き合わされるか想像してげんなりしてしまう。

くっ……この子をネガティヴにしてしまうと後で大変なことになる……。ここは無理をしてでも……。

「じゃあじゃあ! どうするどうする!?」

私の気持ちを察することも無く、ずいと詰め寄りながら今日の予定の提案をせがんで来る。

「あぁー……モカちゃんの行きたいところに行けばいいよ……」

「むっ! 何その投げやりなかんじ! もっとちゃんと考えてよぉ!」

モカちゃんはぷんぷんと音のなりそうなくらいに頬を膨らませて地団駄を踏む。

普段ならかわいいのだけれど……今だけはこのうえなくめんどくさい……っ!!

「わ……わかった……じゃあ映画観よ。ね?」

……あわよくば劇場で仮眠を……。

「でも今ってなんかいいのやってたっけ?」

「あー……なんかあるでしょ」

何も知らないけど。

「ちょっと待ってて……マシュゥきて」

モカちゃんが呼ぶとマシュゥが呑気そうに現れる。

「はいは~い。映画の情報だね?」

「うんそう。話が早くて助かるよ」

「えっと今は……映画館が恐怖に包まれる戦慄のホラー巨作!『オクタゴン』か、甘酸っぱい恋はいつしか濃密な愛の味へと変わる……切なさと愛しさの絡み合う学園ラブロマンス『放課後、あなたのいるばしょ』のどちらかだね!」

「うーん!どっちも面白そう……!」

マシュゥの紹介を聴いてわくわくとした様子のモカちゃんだが、先手を打たせてもらわなければならない。

「ホラーはちょっと今は……」

「どうして?」

「眠れなくなっちゃいそう……」

「あはは、リリィねぇねかわいい!」

まぁ今夜じゃなくて『映画館で』ということなのだけど……。絶対うるさいもん。

「じゃあ放課後の方を観に行こー!」

「そうしましょ」

「おっけ~。じゃあチケット取っておくからね」

マシュゥはエトンを端末のように操作してチケットの予約を取っているらしい。

「そんなことまでできるんだ」

「エトンは二ーディの自動決済までしてくれるからね!精霊に頼めば大抵の事はやってくれるよ!」

「頼もしいでしょ?」

マシュゥはえっへんと腰に手をあてる。

「そうね。ほんと便利」

「でもでも~?このボクには適わないんじゃな~い?」

いきなりアミィが後ろからひょこりと出てきた。

「わっアミィ!」

「ふっふっふ~。ボクはそこらのエトンと一緒にされると困っちゃうくらい色んなことができるもんね~」

「自慢しないの。ごめんねマシュゥ」

アミィの無礼を代わりに詫びる。

「ううん、いいんだ。でもぼくももっと役に立ちたいなぁ」

優しげに笑って流すが、マシュゥはどこか物憂げに呟いた。

「……そんなキミにいい話があるんだけど……」

「ちょっと!なんか怪しいこと言わないの!」

勧誘の枕詞みたいなことを言い始めたアミィを咎める。

「えっ!なに!?」

マシュゥは私を飛び越えてアミィの話に食いつく。

「食いついちゃだめでしょ……」

「大丈夫!全然怪しい話じゃないから!それでね、話っていうのはね。キミにチカラを授けようかなっていうことなんだけど」

「えぇっ!」

いきなり営業トークを始めてマシュゥはそれに聴き入ってしまっている。

「もしキミがチカラを得てモカちゃんのピンチを助けられたら……どうかな?それってすごく嬉しいよね?」

「うん……うんっ!」

「ボクならキミを強くできる。なに、方法は簡単で、キミが得る二ーディの少しをボクに流すだけでいいんだ。ね?簡単でしょ?」

アミィがにこりと笑う。

「ちょーっと待った!やっぱり怪しい話じゃないの!」

流石に聞いていられないのでアミィを止めた。

「やだなぁ。対価をもらわずしてチカラを得ようだなんて話の方が胡散臭いよ。得るために払うことは当たり前のことでしょ?」

「う……それは確かだけど……」

正論……ではあるんだよなぁ。

「ねぇねぇモカ……ぼく強くなりたい。だから……その……」

マシュゥがもじもじとモカちゃんに向き直る。

「二ーディが……いるのね?」

「……うん」

ふたりの間に一瞬の沈黙が走る。

「いいよっ!マシュゥが活躍してくれるようになるんだったらそれくらい全然お安いもんだよ!」

シリアスな表情を一転、破顔一笑してモカちゃんはマシュゥにサムズアップする。

「……わぁ!ありがとうモカ!」

「決まったみたいだね?」

それを見てアミィが目配せする。

「うん!おねがいします!」

マシュゥは深く頭を下げてアミィに依頼した。

「……アミィ。もしこれで友だちから二ーディを騙し取るようなことしたら、このエトンは燃やすからね」

一連の流れを見て、全否定してやるわけにもいかない。

一応釘だけは刺しておくことにした。

「わ……わかってるよ。信用ないなぁもう」

ため息をついてアミィは首を振る。

「それで……おいくらなの?」

「安心してよモカちゃん。そんなにいただく気はないからさ。ただ使った分だけ、という安心な契約にしておこう。いいね?」

「んーと、どれくらいでいくらになるの?」

「まあ、こんな感じかな。エトンを確認してみて」

アミィが指を振るとモカちゃんのエトンが光った。

「んー?うわ……びっしり……」

どうやら誓約書が送られたらしく、エトンの頁に所狭しと文字が並べられている。

「よく読んで!違約金で儲ける気だよ!」

「だからそんなことしないって……」

「大丈夫そうだよ!魔法に対していくら発生する、って感じのことしか書いてない!」

「それならよさそう……」

内容を確認したモカちゃんの言葉に安堵する。

「ボクの言うこと信じてよ……」

アミィは流石に数回の否定を受けて落ち込んだ様子だ。

「だってまだあなた不思議なことばっかりなんだもん」

「そこは否定できないね」

彼女でさえそれは否定しない。だから私も簡単に信用してやることはできないのだ。

「じゃあ詳しく話してくれる?」

「それもできないかな」

「なんでよ!」

「というか何を話したら……?って感じなんだよね」

首を傾げながらアミィが言う。

「そう言われてみると……なんだろう……あ……あなたはなんで人の形なの?」

他の精霊はみんなどうぶつの姿をしているから気になっていたところだ。

「生まれつき?」

「えっと……じゃあ……どうして魔法が使えるの?」

他の精霊はみんな魔法をサポートするだけで使うことはできないから気になっていたところだ。

「生まれつき?」

「じゃあじゃあ……えぇっと……ううん……」

頭を過ぎるどの質問もきっと彼女は生まれつきとしか答えないだろう。答えられないのだろう。

「ほらね、結局はボクにも初めからあった、としか言いようがないんだよ。他の精霊よりチカラが強いだけ。別に邪な目的なんてないしかといって特別成すべき使命があるなんてのもわからないよ」

淡々と語るアミィはどこか哀れにも見えた。

彼女の特別なチカラは、彼女でさえも望んで手に入れたものではないはずだ。

……私も、同じだ。

「そっか……。ごめんね。アミィもわかんないのに辛く当たられたら嫌だったよね……」

「ううん、わかってくれたらいいのさ!」

彼女の天真爛漫さには救われる。

その尾を引かない性格には私もつい甘えてしまっている気がする。

……あまり強くあたりすぎないようにしよう。

「それで!ぼくは魔法を使えるの?」

「うん、もう使えるよ。ただ、二ーディの決済ももう発生するから使いすぎないでね」

「それは……モカからもお願いするよ」

モカちゃんは苦笑する。

「わかった……!任せてよモカ!今度はぼくが護る番だ!」

マシュゥはモコモコの身体を頑張らせて気合いを入れる。

「頼もしい~!今度の戦いが楽しみだね!」

「ねっ!」

「じゃあそろそろ……出かけよ?」

「あ……はい」

うやむやには……ならないか。

「なんかテンション低くない?」

「ううん!そんなことないない!」

「しゅっぱーつ!」

モカちゃんに引きずられながら映画館へ向かった。

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