一見すると和雉に見えるが、微妙に模様が違っている。鮮やかなのは変わらないが、
一度、絵に描かれたのを見たきりだが、その特徴的な模様をよく覚えていた。
「何を見てやがる? 醜悪なくせに偉そうな鳥だな。だが、此処でいい暮らしがしたいと願うなら、
「……高麗雉」
「ほう、日本雉との違いが貴様にわかるのか?」
「鳥については、多少は知識があるのだ」
「だが、残念ながらはずれだ! 朕は、太閤秀吉である! 跪け!」
「え……? ひ、秀吉……?」
「朕」などというから、お公家を想像していたところだった。そういえば、秀吉は関白の位を欲したりと、何かと貴族への憧れが強かったと聞いたことがある。それで朕、か。
然し、自身を秀吉と思い込む高麗雉とは何とも珍妙だ。
「……あいにくだが、膝がどこかわからぬゆえ、跪けない」
「んぁ? 朕をナメてんのか、貴様は! いいか、もう一度云う。朕は、太閤秀吉である! 跪け!」
「秀吉が鳥だったという話は寡聞にして知らぬが、証拠を見せてくれぬか?」
「おのれ、云わせておけば!
「落ち着いてくれ。俺と貴公ではまず体格がまるで違う。かたじけないが、頭が高いのは仕方がないのだ。たとえ跪いたところで、俺のほうが頭が高いわけだし」
紙月は、たとえ相手が高麗雉であっても一定の礼節を尽くそうと考える。それは、鳥見役をしていた頃に心得たことでもあった。紙月はつねに鳥に対しては敬意を失わない。
「屁理屈を云うな。だが……ふむ、そうだな、慥かに云われてみれば、朕が秀吉であることを出会って早々に納得させようなどというのは無理だったかもしれん。すまんな。阿呆な鳥ばかりに囲まれてうんざりしていたところへ貴様が現れた。体がでかいのなら、それなりに脳味噌もあろうかと、つい期待をかけたのが間違いだったようだ」
それから高麗雉は、顔を近づけると、周囲に聞こえぬようにこう囁いた。
「朕が豊臣秀吉だと云ったのは、むろん前世の話だ」
「前世……?」
高麗雉は紙月の目の様子から信頼度が低いことを悟ったようだった。
「朕にはわかるぞ。貴様が何も信じていないことがな」
「いや、信じる。もちろん、信じよう……」
「まあいい。信じる信じないは貴様の自由だ。然し、朕が転生鳥であることはまごうことなき事実」
どうやら、転生した、と云いたいようだ。転生なる言葉を、紙月はこのところ立て続けに聞いている。家光公は尾長鶏を家康の転生鳥と信じて手元に置いているようだった。家光も、高麗雉も、いずれも妄想逞しいだけだとも考えられるが、偶然が重なりすぎている。
これは何の符牒だ?
「なぜ鳥に?」
「一度は、徳川の家臣の旗本の侍の家の子に転生した。だが、人間のままでは出世したとて将軍に近づける機会は少ない。同じ頃に、家光が鳥を寵愛していると知った。それで、取り急ぎとある妖術師に頼んで城内の鳥に転生することにしたのだ。どうだ? 朕は頭がよかろう?」
「なるほど。では尋ねるが……子孫の名は?」
「豊臣秀忠」
「奥方の名は?」
「寧々だ。今もまだ辛うじて生きてこの屋敷のどこかにおる」
「……ふむ」
紙月は思案する。どうも鳥にしては、慥かに豊臣秀吉の情報を知りすぎている。
「だから云ったであろう。朕こそは太閤秀吉の転生鳥ぞ」
「貴公を信じよう。ただ、可能性でいえば、単なる秀吉好きの阿呆鳥、とも考えられる」
ぐぬぬ、と唸って、高麗雉はまた奇異異異異異異異異異っと啼いた。
「怒らないでくれ……ただの可能性の話だ!」
戦えば造作もなく勝てる相手だが、紙月は鳥相手にはできるだけ和平の道を模索する。
「もういい! 貴様にわかってもらおうとは思わぬわ!」
かなり気が短い性格らしく、暴れ始めた。ただ、暴れたところでしょせんは高麗雉。
動きはちょこまかと素早いが、大きさは火喰鳥の足下程度。木格子牢にさえいなければ、踏みつぶすことだって出来るだろう。だが、そのような力の差にはまったく無頓着であるようで、高麗雉は続ける。
「もし子分になるならば教えてやろう。朕の野望をな。聞きたくはないか?」
一羽の高麗雉が、秀吉を自称し、その野望にほかの鳥が興味をもつと思っている。これほど滑稽なことがあろうか。だが、紙月はそれをおくびにも出さずに神妙な顔で頷いた。
「ぜひ、聞かせてもらおう」
此奴が真に秀吉かどうかは怪しい。だが、此処に大いなる二重使命を任された元人間の火喰鳥がいるのだ。
秀吉が転生した高麗雉がいたところで、何の不思議やあらん。それに「妖術師」というのが少々気にかかる。何しろ、紙月を火喰鳥にしたのもまた妖術師であったからだ。してみれば、己もまた一種の転生をしていると云えるのか……。
このとき、紙月は高麗雉を、秀吉の生まれ変わりであると受け入れることに決めた。どのみち鳥しかいない世界に来たのだ。郷に入りては郷に従え、という。
「では聞かせてくれ、秀吉殿。貴公の野望とやらを」