「そう恐れるな。何も斬って喰おうと云うのではない。斬って喰うには、おまえは少しばかりこの国では希少種であるからな。
それより、お前が連れてきたあの化け物鳥だが──なかなか活動的な鳥だなぁ。そうは思わぬか?」
徳川家光は、フランソワ・カロンに尋ねた。カロンはその本意を掴みかねながら、いつも通り、わざとカタゴトで返した。
「エエ、活動的ナ鳥デース。ソノオ話、続ケルノデシタラコノ縄ヲ解イテカラニシマセンカ?」
「すまぬが、これが我が国の最上級のおもてなしの方法なのだ。どうした? 気に入らぬか? 縄が皮膚に食い込んで、いい刺激になるであろう?」
「ハイ、最高デース。コノキツサガ、モット欲シクナリマース」
我ながら、何と莫迦げた受け答えだ。然しここまできたら、いっそ愛される莫迦になってやろうではないか。
「ほう? ならば、さらに縄を重ねてやろう」
「嗚呼、オ願イシマス! 身体ガ軋ムホドニシテ下サーイ」
少しやりすぎか?
だが、この変態将軍の前ならこれくらいでもいいか。
「よし、その願い叶えてつかわす。さすが阿蘭陀の女だ」
「ソノオモテナシ、歓ビノ極ミデース!」
いくら何でも莫迦すぎるか、とカロンは思ったが、興が乗ってきたので、行きつくところまで行ってやろうかという気になった。
ところが──次の一言で一気に頭から冷や水をかけられたようになった。
「その火喰鳥だがな──泥棒鳥だったぞ?」
「え……?」
やはり──バレたのか? だが、紙月の名さえ呼ばれなければ、火喰鳥が和語を話すはずはない。だから、口を割ったわけではない……はずなのだが──。
「この者はな、勝手に〈鳥奥〉のもっとも重要な部屋である〈御長の間〉に入ろうとしていたのだ。これがどれほどの悪行か、おまえには分かるか?」
「イイエ、ワカリマセ……」
最後まで言い終わらぬうちに、強烈な平手打ちが飛んできた。
カロンはあまりの強さにその場に倒れた。
「その胡散臭い話し方も、もう飽きた。おまえが流暢にこの国の言葉を話せることなどとっくにお見通しだ」
家光は、平手打ちを食らわした右手の熱を冷ますようにふらふらと振った。
「然し残念なことよなぁ。阿蘭陀国だけに貿易を許してやろうかと思っていた矢先のこの裏切り──おまえの献上した鳥は二国間の絆に泥を塗った。鳥の咎は、それを献上したおまえにあると──俺は思うがどうだ?」
カロンは黙っていた。
本音を云えば、紙月だけ殺してもらって、自分だけは生き残りたかった。
先刻、少しばかり紙月の力強い立ち姿に心を動かされたが、それもつかの間で結局カロンは保身のほうが勝っていた。
カロンはいつでも、いざとなったら保身を優先してきた。
そう云う星のもとに生まれたのだ。
「答えろよ? そうだろう? 鳥に責任はとれぬ」
「鳥ハ責任ヲトリマース」
カロンがそう答えると、紙月が檻の中から気色ばんでいるのがわかった。
──おまえ何を言ってやがる……。
そう思っているのに違いない。
ごめんね、紙月。私は自分の命がいちばん大事だ。
腹を立てたのは家光だ。強烈な平手打ちを食らわされてなお、カロンはカタゴトのふりをやめもせず、責任を取る気も見せないのだから当然だろう。
「何だと……この女……」
家光が気色ばんだ気配をみて、老中の二人が立ち上がった。
いつも口汚くカロンを罵ってくる松平信綱と阿部忠秋がそれぞれに刀に手をかけている。
信綱が口を開いた。
「将軍様、ここは私めにこの無礼者の処方を委ねていただけませぬか? この者にこれ以上、場内の空気を吸う価値はございません」
殺す気でいるのは、その目を見ればよくわかる。恐らくそれは、ここにカロンがやってきた時からあらかじめ決まっていたことなのだろう。
今度は、忠秋のほうが進言する。
「然様でございます、将軍様、このような不届き者の相手を将軍様がする必要はござりませぬ。我々にどうぞ委ねていただきたく……」
だが──その言葉は家光によって遮られた。
「黙れ。こんな愉快なこと、おまえらに任せたりできるか。引っ込んでいろ!」
どうやら、家光は自分自身の手でカロンに罰を与えることを愉しみたいようだ。
カロンはふう、とため息をついた。
それから──口を開いた。
「将軍様、忘レテマセンカ? 阿蘭陀ハコノ国ト取引デキレバ何デモイイノデース」
「ふん……まだそんな演技を続ける気か? ようし、ならいいものを見せてやる。これを見ても、相変わらずその演技を続けていられるといいがな」
それから、家光は「おい、あれを」と家来の一人に言った。
家来はすっと小さな匣を取り出した。
白い、小さな匣だった。
その匣を、家光は開けて逆さにした。
ごろん、と何かが落ちてきた。
畳の上を、その何かが転がった。
「うっ……」
思わず素になって声を漏らしてしまった。
転がったのは──甘白こと、天草四郎時貞の生首であったのだから。