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第拾弐幕:カロン、紙月に淫靡な駆け引きを持ち出す 其ノ壱

 カロンの流暢な喋り方に、家光は満足げに笑った。


「やっとその決意が出来たか」


「狂気に入りては狂気に従えと申しますからね。然し、返す返すも残念至極です。もしも私に芸をお見せする機会をお与えくださるのならば、きっとお考え直しになられるでしょうに。嗚呼、誠に残念」


 家光が眉を上げる。


 魚が──針にかかったか。


「芸だと? おまえ、ただの商人ではないのか?」


「阿蘭陀人は妖術をたしなみます。たとえば──目でこの緊縛を解く、など如何でしょう?」


 家光は嘲笑を浮かべた。


「面白い。見せてみろ。だが失敗したら、その首も四郎の隣に並べてやる」


 カロンが小さく頷き、息を深く吸った。


 そして──。


「ズヴァールト!」


 そう唱えると、カロンの傍にいた忍者の刀がゆっくりと動き始めた。刀は宙に浮きあがり、そのままカロンの縄にそっとその刃をあてがった。


 すると、よく研ぎ澄まされた刃が縄をするりと切り落とし、たちまちカロンは自由の身となった。


「なんと……!?」


 家光が目を丸くする中、カロンは冷ややかに云った。


「将軍様、畏れながら、少々誤解があるように存じます。其処の火喰鳥はいささか狂暴で粗野で無説法ではありますが──泥棒ではございません。遥か阿蘭陀から参上したこのフランソワ・カロンが天地神明に誓って申し上げます。


 何より、斯様な妖術を使えるこの私が、わざわざ頭のわるい火喰鳥を使ってモノを盗ませるとお思いになりますか?」


 家光はしばらく考えるように黙った。


 広間が騒然となる中、家光の目は怒りと興奮が綯い交ぜになった妙な色に輝き始めていた。


「面白い女だな。珍しくそそられるくらい面白い。ならば宴で決着をつけようではないか。お前の鳥が無実と云うのならば、その首を賭けて証明してみるのはどうだ? 無実を信ずれば火もまた涼し。潔白なれば、如何なる相手にも負けることはあるまいよ」


 その刹那、紙月の殺気を感じた。


 殺気の矛先は、どうやらカロンに向いているらしかった。


 カロンは、紙月に目配せをしてみせた。


 ──黙っていなさい。ここは私に任せて。


 ──結局俺が戦うのかよ!


 ──強いのだからべつに良いと思うが? それとも自信がないのか?


 そんな心理的な対話があった。


 紙月はそれでもしばらくカロンを睨みつけていた。


「フランソワ・カロン殿。改めて、より上等なもてなしをしたい」


 そう家光が云うが早いか、衆流しゅる衆流と鎖が巻き付いた。


 固く、冷たい感触が容赦なくカロンの自由を奪った。


 忍者たちの忍術によるものだった。


「縄はお嫌いなようなのでな、今度は鎖にしておいた。気に入ってくれたかな?」


 家光は高笑いを上げた。


 嫌がるカロンを家臣たちが引きずるようにして、紙月の檻の横に並べた。


「宴のために良い懸賞が出来たぞ。懸賞はこの阿蘭陀女だ。この化け物鳥が勝てば、おまえの潔白を認め、その鎖も解いてやる。だが、負ければ、火喰鳥とともに煮鍋にして、その場にいるすべての民にご馳走する」


 それから、家臣の一人に言った。


「今のうちに城内でもっとも大きな鍋をよく洗っておけ。煮鍋の手順はわかっているな? まず油を敷き、しっかりと肉を炒め、然るのちに水を浸す。それから──云っているうちに腹が空いてきたな」



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