家光が鍋の手順についてとうとうと話しているすきに、カロンは小声で「紙月」と呟いた。
途端に、紙月は自由に話せるようになった。無論、小声である。
「おまえ俺を殺す気か?」
「殺されるか否かは其方次第だろうが。私は金卵が手に入ればどっちでもいい」
糞女め、と吐き捨てるように紙月は言った。
「だいたい、勝ってもおまえの命が救われるだけだろ? それではあまり戦う動機がないな」
「何を言っている? 私のような絶世の美女が生き延びることのメリットは計り知れないでしょうに」
「俺に何の得もないと云ってるんだよ」
「じゃあこれでどう? 其方が人間に戻ったら、まぐわってあげる」
「ま……まぐわう……だと?」
「誤解しないで。私は誰彼構わずこんな提案をする尻軽女じゃない。だけど、このままあの乱れからくり将軍に体を許すくらいなら、其方に体を許すほうが幾分かマシだ」
聊か大胆すぎる提案をしたつもりだった。
何なら、云った傍から心臓の動悸が激しい。
ところが──しばしの間、沈黙が入る。
なにやらこの火喰鳥は、鳥のくせに思案しているのだ。
「……俺は厭だな……おまえに興味がない」
「なっ……そんなわけないでしょう!」
「そんなわけないでしょうっておかしいだろ。それを決めるのは俺だ」
「わ、私に興味がないわけないでしょうが! いくら鳥でも」
「いや、鳥とか関係なく……」
カロンは前かがみの姿勢になり胸元を露わにして見せた。
「ほれ、これでもか?」
「現状、鳥だからわからんな。今は何も感じない」
「……人間に戻ったらきっと後悔するよ」
本当に後悔するかどうかは知らない。でもそういう仮定に立って厭でも戦いに向けて士気を高めてもらわねばこちらの命が危ういのだ。
「……まあいいや。わかったよ、勝てばいいんだろ?」
「そう、その通り。頼んだからね? 私に頼まれた意味をよく理解して。このお上品な私が、まぐわいなんて単語まで出した意味」
「イマイチやる気は出ないんだが……まあ仕方ないか」
「というか、そもそも我々の任務は生き残ることにはないからね。どのみち金卵を奪うミッションを逃せば、待っているのは死なの」
「だったら、まぐわいも無理だろ」
「あら、意外と愉しみにしてた?」
「してないが?」
素直じゃない鳥だ。
「現実的なことを云えば、其方は勝っても負けても鳥鍋確定であろうな。私はまあ手籠めにされるだけの可能性もあるが」
手籠めなんて絶対に厭だ、死んだほうがマシだ。
だが、冷静に考えれば、勝ったからと云って無罪放免は流石にない。
あとは、うまく脱出の機を狙う以外には──。
「それはキツいな。無理だ。俺は火喰鳥の鍋なんて気持ち悪くて食べられないぞ」
そう云って紙月はため息をついた。
此奴、自分が火喰鳥として茹でられるのに、火喰鳥鍋を食べるところを想像して顔をしかめている……?
本当の莫迦なのかもしれん。カロンは内心でそう考えた。