時は少し戻り、真夜中の〈雉舎〉の中──。
「あの阿呆鳥め、まんまと騙されたわ、奇異異異異異異異異異異異異異異! 奇異異異異異異異異異異異異異異!」
高麗雉の秀吉は〈尾長鶏舎〉へ向かった火喰鳥を後目に豪快に雄叫びを上げた。
〈鳥奥〉に色鮮やかな
緑、赤、黄の絵の具をふんだんに用いたようなその外観を見るにつけ、此奴の肉が美味でないのは救いだったな、と秀吉は思った。
こんな目立つ生き物が美味であれば、あっという間に絶滅してしまうだろう。
飛ぶのも速くなく、特技と云っては声真似をすることだけだ。
「『よう秀吉殿、久しぶりであるな』」
鸚鵡はしわがれた声で、人間の言葉を話した。
「やめろ、悪趣味な真似は。拙者があの爺の声を嫌っているのは知っているはず」
「『やめろ、悪趣味な真似は』、あーそーでした。ごめんごめん」
いったん秀吉の声を真似た後で、鸚鵡は緊張感のない甲高い声に戻った。
それから、不意に眼光を鋭くした。
鸚鵡は秀吉の籠の前に立つと、周囲を見回して誰もいないことを確め、小さな声で云った。
「今日こそ僕らが天下を掴む日だよ。すでに〈金卵〉は羽柴利次の元に移動させているんだ、むっふっふ。徳川の世はこれにておしまい! いよいよ僕らが豊臣時代の幕開けってわけさ!」
この鸚鵡はふだんは〈大奥〉の姫君たちに愛玩されている。
それゆえに、場内を自由に飛び回ることが許されている唯一の鳥なのである。
そして──秀吉はこの者を使って、〈御長の間〉にあるとされている〈金卵〉を盗ませ、そのすべてを羽柴一族の生き残りである羽柴利次のもとへと運ばせたのだった。
「『僕ら』? ふざけるな、拙者の、だろうが」
「あーそうそう。そう言わなかった? むふふふふ」
此奴を完全に信頼するのはやはり危険か。折を見て殺してしまうべきか。
だが──妙なものだ。
此奴の中身には興味はないが、何とも愛らしい姿ではないか。
秀吉は、この鸚鵡を都合よく使うつもりが、いつしかちょっとした愛着を抱き始めている自分にも気づきつつあった。
それは、思い返せば、人間であった頃に、豪華な茶道具に対して抱いた愛着と似てもいるように思われた。何より、今の秀吉にとっては、重要な手足である。
「それにしても、汝は少々性格が軽すぎないか? 本当に、あの軍師と云われた男なのかと疑いたくなるが──」
まさかあの男と、転生後もこうして此処で巡り合おうとは思わなかった。
人間であった頃のこの男との関係は、じつに絶妙な緊張感が漂っていた。
初期は慥かに彼の世話になった。
だが、この者の息子を側近に据えた頃から、微妙な膠着状態に陥った。
彼は明瞭にモノを云わなくなり、果ては出家してその意思を完全に雲の奥に隠したのだ。
そして──秀吉亡きあとの、忌まわしき関ヶ原の戦いの結果の現状を見れば、其処にかの者の見えぬ策略がなかったとは云いきれぬところがある。
だから完全には信用できぬままなのだが──。
「いやーだってさぁ、こんな外見じゃ、もう前世みたいな貫禄は無理でしょ」
鸚鵡はそう云って、愛らしく
この仕草を見てなお、前世の因縁をじくじくと蒸し返す気にはとてもなれない。
「それにべつに僕は、前世のあの人格を気に入ってたわけじゃないんだよねー。立場上、こう、重々しく、影のある雰囲気を作って君の信頼を勝ち取っていただけであってさぁ」
呑気に鸚鵡は言いながら、ふぁあ、と人間の欠伸の真似をする。
「それに、だ。敵を欺くにはまず味方からというでしょ。だったら僕の場合、まずは秀吉殿を欺かないとダメじゃない?」
「真面目にやってくれ、拙者は冗談が嫌いなのを忘れたか? その毛をむしり取るぞ?」
「……またまたご冗……ごほん……それより、この三日間の報告を聞きたいのでは?」
「おう、それよ。待ちわびたぞ。官兵衛」
そう呼ばれた鸚鵡は、不意に低い声を出した。
人間だった頃の声を──。
「『その名を呼ばないでくだされ、秀吉殿』」
鸚鵡──黒田官兵衛はそう云いつつ咳払いを一つして話し始めた。