黒田官兵衛は、尾長鶏の長い尾に潜みながら場内に集う鳥を見渡していた。
さまざまな珍鳥の集まるなか、ひときわ目立っているのは火喰鳥。それと、その三倍はあろうかという巨大な姿をした謎の鳥だった。
恐らく最終的にはあの二羽の一騎打ちになるはず。
だが、そんな運命にあの火喰鳥を任せてはおけぬ。何としても此処で息の根を止めておかねば。あの者はゆくゆく厄介な存在になっていく筈。
〈金卵〉を狙っていたことから考えても、ただの鳥とは思えぬ。
すでに〈金卵〉はべつの場所に移したとは云え、油断は最後までできない。
「愚ぇ恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵!」
その刹那、場内を揺るがす奇声が上がった。
「この化け物め、ふっふっふ、そうかそうか、そんなにも俺を殺したいか」
家光は笑い声を上げた。
その両隣にいる家臣が刀を抜き、火喰鳥に斬ってかかろうとするのを、家光が手で制した。
「良い良い、宴の席だ。此奴がそれだけ闘志が高まっているというなら、さぞや面白い試合を見せてくれるのだろうよ」
この時、官兵衛の脳裏に一つの計略がよぎっていた。
火喰鳥を今、この段で殺してしまうのだ。
そうすれば──邪魔はいなくなる。
思い立ったが早いか、官兵衛は尾長鶏の尾の陰から、家康の声色を使って話しかけた。
「『家光、このような無礼を家臣の前で許せば、のちのち示しがつかなくなるぞ』」
「え? じいや、何か言ったか?」
家光は、手を耳に添えて、声を拾うような仕草をして見せた。
そこで官兵衛はさっきより大きな声で云った。
「『無礼を放置するな。いずれ家臣たちが同等の無礼をおまえにはたらくことをよしとしていることになるぞ』」
ところが、家光は眉間に皺をよせ、なおも耳に手を添えて声を拾う仕草を続ける。
「じいや……ちょっと騒音が大きくてよく聞こえないな」
慥かにこの庭園は今、信じられぬほどの騒音に塗れている。
そこで、さらに官兵衛は大きな声で云った。
「『いいか、家光、この者をいまこの場で切り捨てよ』」
官兵衛は場内の騒音に苛立って大声で伝えるときでも、その声色が家康に聞こえるか否かには大いなる自信を持っていた。それほどに官兵衛の声擬態は完璧と云ってよかった。
家光は一瞬驚いたように目隠しをされた尾長鶏に目をやった。
それから、すぐに笑みを浮かべた。
「わかったよ、じいさん」
そうして──刀を抜いた。尾長鶏の影武者に刃を振り下ろし、その首を一閃で切り落とした。
混乱したのは官兵衛だ。
家光が〈家康〉を、躊躇せずに殺したのだ。
この男、ついに気でも触れたか?