家光は血濡れた刀をブンと血ぶりし、和紙で拭き取ってから鞘に収め、冷ややかに呟いた。
「まったく鳥ごときに侮られるのは気分が悪いな。とっくに正体なら見抜いておったというのに」
それから振り返って、背後の人影ならぬ、鳥影に語り掛けた。
「じいや、ありがとうな」
尾長鶏の影武者の首が転がる中、もう一羽の尾長鶏が静かに歩み出た。
その声が──低く響いた。
「『ありがとうございます』であろうが」
「まあ固いこと言うなよ」
「然し、まったく似ておらんかったな、あの鸚鵡の物真似は」
「そうか? そっくりだったけどな。物真似ってやつは、される本人は大抵似ていないって思っているらしいぜ」
「似ているか似ていないかくらいわかる」
似ていたよ、となおも家光は言い募ろうとしてやめた。家康は頑固だ。どうせ絶対に似ていることを認めないだろう。
「然しともかく、これで分かったであろう、天下人たるもの油断大敵なのだ」
三日前──秀吉が殺したのは、家康の影武者だった。
〈御長の間〉には、はじめから家康は寝泊まりしていなかったのだ。
本物の家康は、一羽の尾長鶏として〈尾長の舎〉に身を隠していたのだ。
その名を──テルといった。
尾長鶏テルこそが、徳川家康その人だったのである。