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第拾伍幕:真実の尾長鶏 其ノ弐

 家光は血濡れた刀をブンと血ぶりし、和紙で拭き取ってから鞘に収め、冷ややかに呟いた。


「まったく鳥ごときに侮られるのは気分が悪いな。とっくに正体なら見抜いておったというのに」


 それから振り返って、背後の人影ならぬ、鳥影に語り掛けた。


「じいや、ありがとうな」


 尾長鶏の影武者の首が転がる中、もう一羽の尾長鶏が静かに歩み出た。


 その声が──低く響いた。


「『ありがとうございます』であろうが」


「まあ固いこと言うなよ」


「然し、まったく似ておらんかったな、あの鸚鵡の物真似は」


「そうか? そっくりだったけどな。物真似ってやつは、される本人は大抵似ていないって思っているらしいぜ」


「似ているか似ていないかくらいわかる」


 似ていたよ、となおも家光は言い募ろうとしてやめた。家康は頑固だ。どうせ絶対に似ていることを認めないだろう。


「然しともかく、これで分かったであろう、天下人たるもの油断大敵なのだ」


 三日前──秀吉が殺したのは、家康の影武者だった。


〈御長の間〉には、はじめから家康は寝泊まりしていなかったのだ。


 本物の家康は、一羽の尾長鶏として〈尾長の舎〉に身を隠していたのだ。


 その名を──テルといった。


 尾長鶏テルこそが、徳川家康その人だったのである。


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