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第拾伍幕:真実の尾長鶏 其ノ肆

 庭に静寂が戻った。


 あれほどこれから起こる血腥ちなまぐさい戦いに血沸き肉踊らせていた観衆が、今は固唾を呑むことすら忘れているかにめいた。


 高麗雉の秀吉と印度孔雀の光秀の首無し死体が並べられ、その脇に頭部も仲良く並べられた。


 フランソワ・カロンはその様子を鎖で縛られた不自由な状態でじっと眺めていた。


 この国では、慥かに命は安い。


 そんなことは、鳥に限らぬ話だ。


 これほど命が安いのは、木造の使い捨て文化であることと何か関りがあるのだろうか、とあらぬことまでカロンは考え始めていた。


 文化考察は、のちに阿蘭陀に帰れば必ず求められ、報告書としてまとめなければならない。だからカロンはいつもこの国の文化についてはある程度の考えを細かく要点を押さえるようにしている。


 すべては国益のため。宗教の布教もどうでもいい。


 金だ。金になりさえすればいい。


 文化考察も、しょせんは未来の金を約束するための戦略である。


 この国ではよくコケシの類がそのへんに打ち捨てられているのを見る。壊れた家具調度品の類も同じだ。木造ゆえに、そのへんに捨てておけばやがて自然に帰すとの考えがあるのかもしれぬが、あまりに物に頓着せぬ姿勢には驚かされる。


 そして──頓着せぬのは、命もまた然りというわけだ。


「然し、〈官兵衛〉は逃げ去ったままか」と家康がぼそりと呟くのを、カロンは聞き逃さなかった。先ほどの鸚鵡のことだろう。


 すると、ちょうど外から戻ったらしい忍びの者が、家光に何やら耳打ちした。


 すぐに家光の顔に笑みが浮かんだ。


「じいや、偽の〈金卵〉だが──豊臣の屋敷に一度運ばれたらしいが、我々への忠誠を疑われては叶わぬと、先ほど城主が返還してきたそうだ」


「そうか……まあ、偽物ゆえにどうでもよいが、また使えることもあろうし、一応とっておくか」


「そうだな。また阿呆が出たら騙せる日もあろうよ」


 家康は頷き、視線を──カロンの隣の檻にいる火喰鳥に向けた。


「あの火喰鳥はどうする?」


 家光は笑みを浮かべた。


「なぁに、宴で鍋にするのも一興だが、あそこにいる異邦の女が云うには、あの火喰鳥はこれから始まる宴の死闘で、身をもって潔白を証明してくれるらしい。まずはそれを見てからでも、悪くはないんじゃないか?」


 カロンはその会話を耳だけで聞きながら、紙月に囁いた。


「いよいよ始まるぞ。覚悟はできている?」


「覚悟? 分からないな。それ、旨いのかい?」


 カロンはため息をついた。この鳥に何を云っても暖簾に腕押しであろう。仮に暖簾に腕押しだと云ったところで、「なんで暖簾に腕を押しつけるのだ?」と云うに決まっている。


 だが──その目に宿る破壊的なまでの殺意は、信頼に値する。


 賭けてみるか、この鳥に。


 銅鑼が三度鳴った。宴の、開始を告げる銅鑼であった。


 安い命のぶつかりあう〈闘鳥の宴〉が、始まるのだ。













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