〇—————————星城女子大 近くの猫カフェMATATABI店内
俺は天音さんの悩みを聞く事にした
「うん、じゃこのネコちゃんと城二っちに聞いて貰おうかな...」
◇
池上流の表千家は数百年前から続く由緒正しい華道の家元だ
その長い歴史の中には藤堂家の嫡男とのラブロマンスが有ったりするが、古くからの格式を重んじる厳格な家柄である
良く言えば、伝統的...悪く言えば古臭い
池上家の唯一の跡継ぎとして、幼少の頃より厳しく華道の道を叩き込まれた天音
特に父を早くに病気で亡くし、祖父も天音が生まれるずっと前に他界しており女系の家柄であり甘やかしくれる人は誰も居ない
そんな天音は日常作法や細かな所作に至るまで徹底的に母に叩き込まれる...天音は師でもある母からの厳しい指導を当たり前の様に受け入れ幼少期を過ごしていた
そして年月が過ぎ天音は小学校高学年...この年頃であればオシャレに目覚め始めるのだろう...
天音にも当然の様にその転機が訪れる...
それは母と買い物に来ていた駅前の大型ショッピングモールの中での事
天音は行き交う人達の煌びやかな様々なファッションに目を奪われている内に、一緒に来ていた母と逸れてしまった...
不安で泣きそうになり蹲る天音の目の前に赤い風船を差し出して来た綺麗なデコデコの爪...
「お嬢ちゃん、これあげっから元気だすしょ!」
今にも涙の溢れそうな目を見開き見上げると、天井の照明を反射してキラキラと輝く金色の髪に同じくキラキラ光るラメの入ったチークで化粧をした、いわゆるギャルのお姉さんだった...
「なはぁ―――この子メッチャ可愛いじゃん♪」
「でしょ―――このこキメッとガチでイケっしょ!」
聞いたことな無い魔法の様な言葉で、楽しそうに仲間達と会話しているキラキラのお姉さん達...
「あ、あぁ有難う...わ、私...」
風船の糸を握りしめ、タドタドしくお礼を言うしか出来ない天音に
「おっ、お嬢ちゃん偉いねぇ♪アタイらが店員さん呼んで来るからねぇもう少し頑張るしょ!」
そう言いながら頭を撫でて満面の笑顔のギャル姉さん...
「薫~んじゃちょっくらアタイが店員探してくるっし!その子頼むねぇ~」
「OK———紗枝ぇ~よろぉ♪」
キラキラのギャル姉さんは何も言わずニコニコの笑顔で頭を撫で続けてくれ
「こっちです~」
もう一人のギャル姉さんが女性店員さんを呼んできてくれ
「にゃはぁ~お嬢ちゃん頑張ったねぇ~♪偉いぞ」
「泣かないで居れたの、マジパ無いわぁ~強いぞお嬢ちゃん!」
店員さんはギャル姉さん達にお礼を言うと、ギャル姉さん達は手をヒラヒラさせ私に笑顔で「またね~♪」と告げショッピングモールの人込みの中に消えて行った...
迷子相談所で座って待ってる間も、キラキラと輝くギャルのお姉さん達の事を思い出し天音の胸が高鳴っていた
暫くすると係りの人とドアの先で話す母の声が聞こえる...そして係りの人と入れ替わる様に部屋へと入って来た母の表情は何時に無く冷たく感じた...
「天音さん...池上家の淑女たる者が迷子になった挙句に周りの方々にご迷惑をお掛けするとは...母は嘆いてますよ」
「はい...申し訳ございませんお母様...」
母と一緒に係りの人に、深々と頭を下げ迎えの車に乗り家路に帰る...帰りの車内も母は一言も喋らない
何処に居たの?何してたの?心配したのよ?知らない人に付いていったらダメよ?
そんな子供に向け当たり前の様に語り掛けてる母親の姿を迷子相談所の席に座って眺めていた...
(私は他の子とは違う...池上流の家元を継ぐ...『にゃはぁ~お嬢ちゃん頑張ったねぇ~♪偉いぞ』)
そんな天音の頭の中には、先ほど出会った2人の優しいギャル女神...
(キラキラ眩しい女神姉様...素敵...)
その日から天音は夜一人になると自分の部屋で髪型をアレンジして、あの日出会ったギャル女神達に少しでも近づける様にと練習を始める...
そして中学進学し2年になる頃...天音は学校帰りに小遣いを貯めて買った服装と金髪のウイッグで着飾り街中を散策する様になる
当然、天音に声を掛けて来る軽薄そうな男共も大勢居たが、同じ格好をしたギャルの友達も出来た
中には性格が合わない女の子も居たが、そんな子も含め天音はあの日のギャル女神姉さんの様に明るく真っ直ぐに接し、性格の尖っていた女の子達も徐々に天音に対し心を開いてきて、本心で語り合える友人関係を築いて行く
そんな、充実していた日常が突如として壊される...天音の放課後の楽しみを母に見つかったのだ
当然ながら池上家では大問題となり、家元である祖母と師範である母の前にギャルの恰好で座らせられ無言の折檻を受ける天音...
『泣かないで居れたの、マジパ無いわぁ~強いぞお嬢ちゃん!』
天音は唇を噛み締め祖母と母に向かって強く言う
「私は...アタシは自分の好きな事を...好きな恰好をしたいの!!」
しかし、天音の想いは二人に通じない...
「だったら...実力で示すから...今度の全国華道博覧会でお母様...いえ、師範よりも結果を残す、それでダメなら貴方達の言う事にしたがう!」
こうして臨んだ全国華道博覧会で...最優秀作品賞...「池上流:池上 天音」
檀上にて賞状と記念の盾を受け取る天音の恰好は...ギャルだった...
その日から池上家では天音の恰好について誰も関与しない暗黙のルールが出来た
天音の本心では祖母にも母にも理解をして欲しかったが、人には人の考え方が有る...そう考え天音は自分の目、耳、心、そして感性を信じ自分の信じた道を進む事を決意した
しかし...
「天音さん...秘境テストの結果...20位ですか」
祖母と母に久しぶりに呼び出された座敷にて、テストの結果通知を前にあの日と同じ空気感で問い詰められる
「私は貴方の今の姿に1mmも共感できませんが、貴方の天性の才能には親の贔屓目無しで一目置いて居ました」
「...天音、もういい加減良いじゃろ...羽を伸ばすのも...そろそろ羽ばたく時じゃと婆は思うがな」
あまり喋らない祖母が珍しく口を開く
「お、お婆様...私は...」
「次の全国華道博覧会...家元も数十年ぶりに御出展される...勿論私も...当然だけど貴方も」
天音が驚きの表情で祖母を見つめる...
家元は天音が生まれるより以前から華道の世界で名を知らぬ者は居ない程の実力者...国より人間国宝にも選ばれ勲章も授与された経歴を持つまさに生ける伝説の華道家である
その祖母も今度は自分の相手として立ちふさがると言う...
「臆しましたか?貴方の言う自由が貴方の感性をどこまで磨いたのか、家元に御披露しなさい」
「うむ...天音お前の自由な感性とやらが私らの伝統を超えると言うので有れば、見事我等を退け再び最優秀作品賞を勝ち取ってみせよ...そうすればお前の自由とやらを再び認めてやろう、もし望むのならアヤツとの交際だって認めようじゃないか」
「何れにしろ、逃げる事は許しません、もし出品しないと言うならその時点で貴方の今を自分で否定した事として今後一切の勝手を許しません、良いですね」
「...解かりました...お婆様、お母様...」
◇
「って感じなんだぁ~アハハ...嫌になっちゃうよね...池上の家に生まれたばかりに自分の好きな事も自由に出来ないなんて...」
天音さんは俺に背中を向けたままネコを目線まで抱き上げ力なく笑いそう呟いた...
「天音さん...」
「あはっ、城二っちも、もしかしたら同じ様な環境だったんじゃないかなぁ~なんて♪ちょっと共感して貰えるかなって思ってさ...あぁ~あ――――このネコちゃんみたいに自由に奔放に生きて行けたらなぁ――――」
「なぁ――――んちゃって♪」
そう振り返り笑顔で笑う天音さんの表情はいつもの明るい向日葵の様だった...が...
その後、天音さんはこの話題を一切口にする事は無かった...俺もどこかこの話題を口にする事に躊躇いを感じていて複雑な内心を抱えながらトラの撮影会が終わるのを、ただ茫然と見守っていた...