〇東京ドーム内 グラウンド 第一武舞台
「そろそろか...」
「ん、時間だ」
九鬼先輩と真白が武舞台を見つめながら、何かを確信した様にそう呟く...
と、その時武舞台上で双方の選手が奥義の構えを取る
「神衣天草無限流 木の宗 鉄砕牙(てっさいが)」
「神衣北神一刀流 木の宗 連武双樹(れんぶそうじゅ)」
天草先輩は、武舞台の床に目掛け思いっ切り金剛を打ち抜くと武舞台上にクモの巣の様に亀裂が入る
対し沖田さんは空中に飛び上がり思いっきり両手をひらくと、その両手には何れも真贋が握られていた
「なっ!?真贋が増えた!?それに天草先輩は何を!?」
空中でクルクルと回転しながら、一直線に天草先輩の頭上を狙う沖田さん...しかし
ドォォォォ!
爆音と共に天草先輩が作った床の亀裂から黄色く輝くオーラが噴き出し立ち上る
回転しながらオーラにぶつかる沖田さん、キュィィィィンと耳を劈く様な高い音と共に天草先輩のオーラを切り裂いて進む
「まだまだだよぉぉ!連撃ィィ!」
天草先輩は反対の腕に装着された金剛を再び先ほどの亀裂に打ち込むと...
ドォォォォ!と今度は緑のオーラが噴き出し、沖田さんへと押し寄せる
「!?くっ...此処迄...」
緑のオーラの勢いに弾きとんだ沖田さんは武舞台ギリギリで踏みとどまり、なんとか体制を整える
「まさか、この短時間で私の未来視の時間まで読み取るとは...」
悔しそうに、天草先輩を睨む沖田さんは正眼に構えた剣先が微妙に上下に揺れている...先ほどの奥義でかなり疲弊している様だ
そしてゆっくりと顔を上げる天草先輩...その表情は穏やかで満足気だ
「さぁ此処からは、神様抜きでの試合だよ!」
拳を沖田さんに向かって突き出した瞬間...フッと天草先輩の纏っていた神衣が解ける
「!?」
と、同時に沖田さんの神衣も解けた
「リミットだ...」
ゲーム内では時間制限なんか無かったが、現実には神衣出来る時間は無限じゃない様だ...確かにリスクも無かったら常に神衣してれば良いって話になってしまうから、むしろこの方が自然なのだろう
手から真贋が消えてしまい、腰に刺した模造刀を抜き構える沖田さん
試衛学園側の土方先輩の様子を見るが、九鬼先輩や真白と同じで穏やかな表情を崩さない...
!?
一瞬目が合った時に微笑まれ、慌てて目線を反らす...本当に実力未知数の不思議な人だ...
そんな感想を他所に、武舞台での攻防は一気に状況が変わった
「ぐっ!?」
沖田さんは天草先輩の攻撃を躱せなくなり、ガードで耐えるのに精いっぱいになっている
そしてついに...
「場外!それまで、勝者 東光高校 天草 小百合選手!」
ワァァァァ!流石、天草先輩歓声の殆どが女性ファンで、今大会の失態で大量のファンに見捨てられた諸星選手のファンも大勢取り込んで応援団やファンクラブが結成されているらしい...もはや人気アイドルだ
武舞台上で心意波の型を解き審判から勝ち名乗りを受ける天草先輩は俺たちの方を向くと、満面の笑顔で親指を立てた
一方で心意波で場外に吹き飛んだ沖田さんの元へは土方先輩が駆け寄る
「ガハッ...はぁはぁ...翼様...申し訳ございません...」
「謝る事は無い、ウチも前回大会の時からの小百合の成長を見誤ってたわ...最悪神衣は覚醒してるかも?とは思っていたけど、神視レベルが段違いに上がってるねん...」
小百合からの心意波を喰らって肺が圧迫され呼吸がしにくいのか、苦しそうに上体を起こす沖田さん
「...天草先輩は何か特別な修練でもしたのでしょうか?」
「せやなぁ~」
翼の向けた視線の先に居るのは...城二だった
「やはり、ウチの男を見る目は間違いないっちゅーこっちゃな...北野 城二、絶対にウチの旦那(モノ)にしちゃる...覚悟しぃや」
!?何だ?急に背筋が寒くなったぞ?
『ジョウジよ、お前の進むべき先にある、大事な人達とその想いの絆は運命や宿命という言葉だけで、片付かない、大縁だ』
耳元で俺にだけ聞こえる様にトラが訳の分からない事を囁く
「おい...いつも小難しくて、お前の言ってる真意が俺には読み取れないが、それが...」
『あぁ、もう一つの器に満たされた、清くも悪しき存在に対して唯一抗う方法だ...お前がお前たらんと、欲するなら全ての縁と真正面から向き合え...それこそお前が進むべき先と心得ろ』
それだけ言うと背中から飛び降り、足下の影へと消えて行った
(もう一つの器...トラが以前言ってたメメント・モリたる神滅の力という奴か?)
ウワァァァァ!
トラの言葉の意味を頭なの中で整理していると、第二武舞台の方からも歓声が起こり、武舞台の方へ眼を向けると双方共に満身創痍状態だ...
倒れている選手は言うまでも無いが、立ってる選手も右腕を負傷しているのか苦悶の表情で右腕を押さえている
「あの人...決勝に出れますかね?」
「心配は要らんだろ、今大会には水系と風系で治癒魔法の使える退魔特殊部隊の隊員も居る」
「そういえば、皆川先生も見かけませんね?」
「あぁ、先生なら...」
〇東京ドーム内 大会事務局 仮設退魔特殊部隊執務室
「源君...いや今は皆川君だったね...すっかり教職が板についてきたね」
「教官...いえ今は特別顧問でしたね、今川顧問ご無沙汰しております」
執務室の席には、スキンヘッドで色黒な大柄な初老の男性が座っており、机を挟んだ先にはスーツ姿の皆川先生が真剣な表情で立っていた
「君が除隊してどの位になるか...」
「もう3年程になります」
今川は椅子に深く背を預け感慨深そうに手を組む
「もうそんなに経つか...儂も年を取る訳だ...君に教練を叩きこんだのがつい昨日の事の様に思うよ...」
「...それで、改まって私にお話しと言うのは?」
綾瀬は頭の上がらない今川を前に、緊張しており額から汗がにじみ固く握った手にはジワリと汗をかいていた
「まぁ最愛の旦那を、あんな形で失った君が退魔特殊部隊を毛嫌いしてるのも解る...彼は...皆川郎師は恵まれない環境に有りながらも必死に努力し結果を出した傑物だ...愚かな上層部にはそれが理解出来なかったのだろう、彼らに代わり君に謝罪するよ...本当にすまなかった」
今川顧問は机に頭をつけ、綾瀬に謝罪をした
「今川特別顧問...もう済んだ事です私の中でも整理は出来てます、でも顧問からの謝罪は受け取りました」
綾瀬の言葉を聞いた今川は顔を上げると、少し寂しそうに微笑み直ぐに真剣な表情へと変わる
「君を呼んだのは、今回の謝罪の件もだがもう一つ確認しておく事があっての事だ」
そう言うと、今川から周囲を威圧するようなプレッシャーを放ち机に肘をつき腕を組んだ
「君の担当してる生徒で有り、我々にとっても重要参考人である藤堂 時哉の件だ」
ゴクリと綾瀬はつばを飲み込み、軽く頷く
「様々な手段で彼の記憶に呼び掛けて見たが、彼の記憶を蘇らせる事は出来なかった...」
「様々な方法とは...宮内省に居られるあの方のお力...思金神を持ってしても...」
今川は静かに頷き口には出さないが、綾瀬の言葉を肯定した
「そこで我々は着眼点を変える事にした」
「と、申しますと?」
「彼に最後に接触した者...ここまで言えば解るな?」
バッン!!
「!?まさか!?北野を!?城二に尋問する気ですか!?」
綾瀬は今川に対し机を強く叩き講義する
「一つの可能性の話だよ...それほど迄に我々には打つ手が無いという事だ」
「・・・・・」
「神を滅し、対象の心域を消し去り、神視を無効化する...とてもじゃないがこの世界で看過出来ない事案だ」
今川は鋭い目線を綾瀬に向け
「そう言えば、東光高校側から我々に提出してくれた関係者による情報交換会...不自然な所で会話が途絶えていた様に思うのだが?」
「その様な事は無いかと...」
「まぁ君の事は昔から知ってる...不正や虚偽を最も嫌う君の事だ...今は信じよう」
今川はそう言うと席を立ち、綾瀬の横から肩に手を置き
「だが、今我々が危険視しているのは、北野城二だ...それだけ伝えたかった」
そう言うと今川は綾瀬を残し部屋から出て行った...部屋に残された綾瀬は、暫くはそこから一歩も動く事が出来ずに居たのだった