王都中央区。王城の麓に建てられた巨大な石造りの学舎。
〈中央学園〉
王国における最高峰の教育機関であり、貴族、王族、さらには選ばれし優秀な平民すら通うこの学園は、四つの区画から選抜された者たちが集い、将来の要職を担う人材を育てる場であった。
その白亜の校門の前に、今まさに新入生たちが続々と到着していた。
「見て、あの制服……」
「すごい……あれがアースレイン家の……!」
朝の陽光のもと、王都北区から一台の馬車が校門前に滑り込んだ。
扉が静かに開かれ、まず降り立ったのは、白銀の髪と紅い瞳を持つ少女、リュシア。続いて、青紫のドレスに身を包んだフレミア・カテリナ。そして最後に僕が降りる。
深紅の外套を羽織り、上質な制服の襟元にアースレイン家の銀の紋章を掲げ。
ヴィクター・アースレイン。
均整の取れた体躯。無駄のない所作。足を地に着けるその歩みには、威厳と統率の気配が宿っていることだろう。
ここに来る前の三年で四階位にまで到達させた。
未来の僕は三階位で学園に入学した。あの頃よりも強い。
その姿を見た瞬間、校門前にいた生徒たちは一斉にざわめきをあげ、しかし誰も声をかけることはできない。
「あの人が……」
「まさか、侯爵家の……?」
「隣にいるの、フレミア様じゃない?」
貴族たちでさえ一歩退き、平民の生徒たちはただただ距離を保って見守るだけ。
王国において、四大貴族と呼ばれるアースレイン家とカテリナ家に声をかけられる家は多くない。
この場において、すでに“別格”だった。
「随分と注目されているわね、ご主人様」
「当然だ」
過去では、アリシアの後に隠れていた。だが、前とは違う落ち着きがある。
かつてのように周囲に合わせて身を縮めることもない。今の僕には、確かな“力”と“立場”がある。
「……ごめんなさい。私まで目立ってしまって」
「お前が横にいるから、さらに格が上がる」
「胸を張ればいい」
フレミアが微かに笑みを返した。彼女の所作もまた洗練されており、学園におけるパートナーとして申し分ない。
その隣、リュシアはあからさまに不機嫌そうにそっぽを向いていたが、その存在自体がすでに人ならざる気配を放っており、近寄ろうとする者はいなかった。
二人の美貌は、僕と同様に目立っている。
威容の学舎、荘厳な石造りの校舎を背景に、誰も近づけない。誰も口を開けない。
だが、それでいい。
これは、支配されるための序章ではない。
支配する者が、姿を現した“始まり”なのだから。
♢
中央学園の講堂棟。
新入生が集うこの荘厳な建築は、王国の威信と格式を象徴するかのように、白銀の柱と大理石の床が静かに光を反射していた。
貴族たちのざわめき。平民の緊張。
それらの空気を割くように、堂々とした足取りで講堂の中心へと歩いていった。
制服の着こなし一つ取っても、僕の振る舞いには気品があり、威厳に満ちている。
もちろん、そう見えるように意識をして所作に気をつけている。
既に何人かの生徒たちが、その存在感に気圧され、視線を逸らしていた。
そんな中、講堂の一角に立っていた一人の青年が、静かに近づいてきた。
「これはこれは……アースレイン侯爵家の、ヴィクター殿ですね?」
静かな声。だが、芯のある声音。
振り返ったヴィクターの視界に入ったのは、整った金の髪に、深い知性を宿す蒼の瞳。賢者の家系、シュバイツ侯爵家の嫡男、レオ・シュバイツだった。
「……その通りだ。レオ・シュバイツ」
初対面ではない。だが、今この瞬間は“初めての出会い”として演じなければならない。
レオは礼儀正しく微笑んだ。
「こうしてお会いできて光栄です、ヴィクター殿。貴殿のことは噂でよく聞いております。ここ三年で頭角を表し、闘気を第四段階まで到達されたとか」
「……よく調べているな」
「当然です。我々のような立場にある者は、情報を正しく把握することも務めの一つですから」
未来で粗暴な態度を見せたレオとは違う。探るような視線。
同時に、対等な者としての敬意と、どこか試すような余裕もある。
(……相変わらず油断のない男だ)
僕はわずかに口角を上げた。
「安心しろ。僕はここで、誰とも馴れ合うつもりはない。必要ならば協力し、不要ならば黙っているだけだ」
「ふふ……それは心強いお言葉です。貴殿のような方と同じ学び舎にいられること、私にとっても刺激となるでしょう」
二人の間には少なくとも、火花が散るような緊張が漂っていた。
お互いの本質を、探ろうとする意志。
そこへ、講堂の入り口から騒がしい声が上がる。
「ヴィクター様! いけません、そんな危険な場所で敵意を受けては!」
ドイルが駆け寄ってきて、慌ててヴィクターの隣に立つ。
その様子に、レオは小さく笑った。
「……では、また授業で。今後ともよろしくお願いいたします、アースレイン殿」
「ああ、こちらこそ」
レオが去っていくと、ドイルはぶつぶつ言いながら後を見送る。
「はあぁ……あれがシュバイツ侯爵家のご子息……。知略に長けた賢者の家系、腹の内が読めない怖さがありますな……」
その言葉に、ヴィクターは頷きつつも、目を細める。
(レオ……お前が、なぜ僕を裏切ったのか。今度こそ、その真意を暴かせてもらう)
緊張の学園生活は、まだ始まったばかりだった。