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第48話

 王都中央区。王城の麓に建てられた巨大な石造りの学舎。


〈中央学園〉


 王国における最高峰の教育機関であり、貴族、王族、さらには選ばれし優秀な平民すら通うこの学園は、四つの区画から選抜された者たちが集い、将来の要職を担う人材を育てる場であった。


 その白亜の校門の前に、今まさに新入生たちが続々と到着していた。


「見て、あの制服……」

「すごい……あれがアースレイン家の……!」


 朝の陽光のもと、王都北区から一台の馬車が校門前に滑り込んだ。


 扉が静かに開かれ、まず降り立ったのは、白銀の髪と紅い瞳を持つ少女、リュシア。続いて、青紫のドレスに身を包んだフレミア・カテリナ。そして最後に僕が降りる。


 深紅の外套を羽織り、上質な制服の襟元にアースレイン家の銀の紋章を掲げ。


 ヴィクター・アースレイン。


 均整の取れた体躯。無駄のない所作。足を地に着けるその歩みには、威厳と統率の気配が宿っていることだろう。


 ここに来る前の三年で四階位にまで到達させた。


 未来の僕は三階位で学園に入学した。あの頃よりも強い。


 その姿を見た瞬間、校門前にいた生徒たちは一斉にざわめきをあげ、しかし誰も声をかけることはできない。


「あの人が……」

「まさか、侯爵家の……?」

「隣にいるの、フレミア様じゃない?」


 貴族たちでさえ一歩退き、平民の生徒たちはただただ距離を保って見守るだけ。


 王国において、四大貴族と呼ばれるアースレイン家とカテリナ家に声をかけられる家は多くない。


 この場において、すでに“別格”だった。


「随分と注目されているわね、ご主人様」

「当然だ」


 過去では、アリシアの後に隠れていた。だが、前とは違う落ち着きがある。


 かつてのように周囲に合わせて身を縮めることもない。今の僕には、確かな“力”と“立場”がある。


「……ごめんなさい。私まで目立ってしまって」

「お前が横にいるから、さらに格が上がる」

「胸を張ればいい」


 フレミアが微かに笑みを返した。彼女の所作もまた洗練されており、学園におけるパートナーとして申し分ない。


 その隣、リュシアはあからさまに不機嫌そうにそっぽを向いていたが、その存在自体がすでに人ならざる気配を放っており、近寄ろうとする者はいなかった。


 二人の美貌は、僕と同様に目立っている。


 威容の学舎、荘厳な石造りの校舎を背景に、誰も近づけない。誰も口を開けない。


 だが、それでいい。


 これは、支配されるための序章ではない。


 支配する者が、姿を現した“始まり”なのだから。





 中央学園の講堂棟。


 新入生が集うこの荘厳な建築は、王国の威信と格式を象徴するかのように、白銀の柱と大理石の床が静かに光を反射していた。


 貴族たちのざわめき。平民の緊張。


 それらの空気を割くように、堂々とした足取りで講堂の中心へと歩いていった。


 制服の着こなし一つ取っても、僕の振る舞いには気品があり、威厳に満ちている。


 もちろん、そう見えるように意識をして所作に気をつけている。


 既に何人かの生徒たちが、その存在感に気圧され、視線を逸らしていた。


 そんな中、講堂の一角に立っていた一人の青年が、静かに近づいてきた。


「これはこれは……アースレイン侯爵家の、ヴィクター殿ですね?」


 静かな声。だが、芯のある声音。


 振り返ったヴィクターの視界に入ったのは、整った金の髪に、深い知性を宿す蒼の瞳。賢者の家系、シュバイツ侯爵家の嫡男、レオ・シュバイツだった。


「……その通りだ。レオ・シュバイツ」


 初対面ではない。だが、今この瞬間は“初めての出会い”として演じなければならない。


 レオは礼儀正しく微笑んだ。


「こうしてお会いできて光栄です、ヴィクター殿。貴殿のことは噂でよく聞いております。ここ三年で頭角を表し、闘気を第四段階まで到達されたとか」

「……よく調べているな」

「当然です。我々のような立場にある者は、情報を正しく把握することも務めの一つですから」


 未来で粗暴な態度を見せたレオとは違う。探るような視線。


 同時に、対等な者としての敬意と、どこか試すような余裕もある。


(……相変わらず油断のない男だ)


 僕はわずかに口角を上げた。


「安心しろ。僕はここで、誰とも馴れ合うつもりはない。必要ならば協力し、不要ならば黙っているだけだ」

「ふふ……それは心強いお言葉です。貴殿のような方と同じ学び舎にいられること、私にとっても刺激となるでしょう」


 二人の間には少なくとも、火花が散るような緊張が漂っていた。


 お互いの本質を、探ろうとする意志。


 そこへ、講堂の入り口から騒がしい声が上がる。


「ヴィクター様! いけません、そんな危険な場所で敵意を受けては!」


 ドイルが駆け寄ってきて、慌ててヴィクターの隣に立つ。

 その様子に、レオは小さく笑った。


「……では、また授業で。今後ともよろしくお願いいたします、アースレイン殿」

「ああ、こちらこそ」


 レオが去っていくと、ドイルはぶつぶつ言いながら後を見送る。


「はあぁ……あれがシュバイツ侯爵家のご子息……。知略に長けた賢者の家系、腹の内が読めない怖さがありますな……」


 その言葉に、ヴィクターは頷きつつも、目を細める。


(レオ……お前が、なぜ僕を裏切ったのか。今度こそ、その真意を暴かせてもらう)


 緊張の学園生活は、まだ始まったばかりだった。


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