目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話

 王都中央学園。


 それは、王族、貴族、才ある平民たちを一堂に集めて育て上げる、王国最大の教育機関である。


 王城の眼前に建てられたその白亜の学び舎は、五つの学科を軸に構成されている。


 武技、魔法、学科、神聖術、経営学。いずれも、王国の未来を支える柱だ。


 各学科には特化した教員が配置され、各分野の主席が卒業と同時に王宮や地方行政へ進むことも少なくない。


 だが、これは表の顔にすぎない。


 実際は、貴族間の序列や派閥、実力による格差、そして未来の権力争いを見越した睨み合いが、あらゆる場所で火花を散らしていた。


 そう、ここは学園と名はついているが、すでに政治の縮図なのだ。


「学園合同訓練演習、魔獣鎮圧シミュレーションを行います」


 前に立っていた教官が、学園行事の説明を始める。


「模擬戦闘区域にて魔獣を討伐する。これは、単なる演習ではなく、王国から派遣された監査官も視察に来る。各生徒の実力を公式に測る機会でもある」


 結界によって構築された訓練区域。そこに再現されたのは、森林地帯と廃墟の二種。地形に応じた対応力も試される。


 リュシアが背後で退屈そうに欠伸を漏らす。


「ふぁあ……結界ね。あんな薄っぺらな魔力の膜でも魔物は防げるのね」


 リュシアは、連日夜に屋敷を出ているので、眠そうにしている。


「調査の結果、学園内には今のところ明確な魔族の気配はないわ。でも、王都に潜んでいる魔族が外から影響を与える可能性はある。つまり……今日みたいな演習は、狙い目ってことね」


 演習が始まる鐘の音が鳴り響く。


 訓練区域を見下ろす高台の観客席に立ち、見渡す。


 そこには、剣を携えたレオの姿、そして杖を手にする少女エリスの姿があった。


 二人とも、過去の記憶に残る仲間たち。


 今はまだ敵か味方かはわからない。


 だが、その実力と本質を見るには、絶好の機会だ。


「さあ、見せてみろ。あの日の君たちが、本物だったのか、幻だったのか」


 魔力の閃光と鋼の軌跡が、結界内で交錯し始めた。



《side???》


 霧のような黒い魔力が、空間を歪ませるように揺れていた。


 結界の破れから這い出した異形の魔物は、粘液質のような皮膚に黒い棘を生やし、三つの赤い瞳で辺りを睨めつけていた。


 魔族によって魔力を注がれて、強化された魔物は、ただの演習に参加する生徒では到底倒せる存在ではない。


「くくく、さて、今年の生徒に実験に使える者はどれくらいいるだろうか?」


 魔物に魔力を与えた影は、演習が始まるのを楽しみにほくそ笑んでいた。


 その手には、更なる魔物を生み出すために、魔力を練っていた。


 精密な詠唱と発動速度は、次々と魔物を凶暴化させていく。


「さぁ、どれぐらいの被害が出て、どれぐらいの悲鳴が聞けことか、絶望を私に与えておくれ」


 魔物の瞳が赤く光、腕のような触手を振り上げる。


 どんどん変貌していく魔物たちが迷いなく前に出て、重さを殺した滑らかな攻撃を振るい始める。


 魔物同士で、待ちきれずに戦いを始める。


 触手が吹き飛んで、断面から黒い霧が吹き出す。


 暴走する魔物は咆哮をあげた。霧の中から新たな触手が生え、暴れ回る。


「……単純な力任せだけではなく、暴れ回って力を試すがいい」


 私は、足を滑らせるように動かし、接近と回避を繰り返しながら、意図的に魔物の動きを魔物同士がぶつかり合うように誘導する。


 ざわめく森のなかで、次々と魔物を活性化させて、暴走させる。


 背後から浮かび上がった六本の氷の刃が変貌した魔物が生み出す。


 突撃を続けていた魔物の胴体に氷槍が突き刺さり、動きが一瞬止まった。


 魔法も、攻撃も、特殊な力もどんどんと成長していく。


 森は、異常な魔力が溢れ出して、張られている結界などいつでも破壊できるほどの力が溜まっていた。


「この程度でいいだろう」


 跳躍と同時に、魔力を収束させ、斬撃を魔物の頭部に叩き込んだ。


 魔力の余波が爆ぜ、黒い霧が散る。


 魔物は喉を鳴らすような音を漏らし、ぐらりと揺れてから、崩れるように倒れた。


「……ふぅ」


 深く息を吐き、手を下ろす。


 忘れてはいけない。


 これは今の彼女から全てを奪うためのものだ。


「はは、私はどこまでもあなたを絶望に導いてみせますよ」


 一人の少女の姿が浮かんでは消えていく。


 今はまだ未熟であり、美しくも幼い彼女をもっと強くして、幸福に導く。その先にあるのは、最高の絶望なのですから。


 私は魔力を収めながら、結界の外にいる視察に来ている教師たちに目を向ける。


「ふふ、あなた方が気づく頃には、すでに事件は起きた後になるでしょうね」


 私の仕掛けた魔物たち。彼らは様々な絶望を生み出すと同時に、私が待ち受けた少女の成長を促してくれる。


 そして、これを境に、学園は静かに変化し始めることにでしょう。


 王城にいるあいつよりも私は力をつけて、全てを手に入れる。


 あぁ〜楽しみだ。楽しみですね。


 ふふ、エリス。私が全ての幸福を与えて、全ての絶望を味合わせてあげます。


 出来ることならあなたに特別な愛する者ができることを願っていますよ。


 全てを私が壊してあげますから……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?