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第51話

《side:ヴィクター・アースレイン》


 学園の東区に広がる訓練演習場は、すでに騎士部門、魔法部門、神聖術部門といった各生徒たちの気配で満ちていた。


 整然と整えられた石畳の広場。


 その奥、魔力障壁によって構成された結界が淡い蒼光を放ち、模擬戦闘区域への“門”となっている。


「本日より三日間、魔獣鎮圧シミュレーションを実施する」


 壇上に立つ指導教官の声が、場に響いた。


「各チームは最低三人、部門を問わずに構成される。貴族・平民の区別は一切なし。任務は明確だ。魔獣の出現源を断つこと。実戦同様の魔物が模擬空間に出現する。判断力と協力、そして戦力を測る場として挑むように」


 当然のように周囲がざわつく。貴族の中には平民と組まされることに難色を示す者もいるだろう。


「……名前を呼ばれた者から、結界内に進め。第一班。ヴィクター・アースレイン、エリス。リュシア」


 その場が、一瞬静まり返った。


 目立ちたくなかったのに、早々に名前を呼ばれるとは。


 侯爵家である僕の存在を学園の教師たちも認識しているので仕方ない。


「えっ……私と?」


 数歩前に立つ少女が振り返る。


 長い栗色の髪、鋭い眼差しを持ちながら、どこかまっすぐな声。


 それが、魔術師部門主席候補エリスだった。


「おやおや……アハっ! ご主人様。私たち、最初からこんな面白い組み合わせなんて……運命ね?」


 リュシアが愉快そうに微笑み、前に出る。


 白銀の髪を靡かせながら、魔族の気配を内に秘める少女は魔術師たちが被る大きな唾の帽子でツノを隠して、舞台に上がる女優のような振る舞いで歩み出た。


「チームは三人で行動が義務付けられている。勝手な離脱、単独行動は禁止。違反すれば即失格だ」


 そう付け加えた教官の声に、僕は内心でため息をついた。


 まったく……よりによってこの組み合わせか。リュシアはいい。信頼とは別だが、戦力としては間違いなく頼れる。


 問題はエリス。


 未来で彼女と関わるのは、学年が進む。様々な事件を通してだった。


 アリシアがいなくなり、王都に来る際に関わったことで、未来が変わっている。


「アハっ! せっかくの演習だからね。楽しみね、ご主人様、そしてエリスさん?」

「ヴィクター……様。あの、私は足を引っ張らないようにしますから……よろしくお願いします」


 彼女の言葉は素直だった。裏も演技も感じない。


 初めて会った時は物怖じしていなかったが、王都にきたことで、アースレイン家の位の高さに圧倒されてしまったようだな。


 今回の演習は、ただの試験じゃない。


 僕にとっては、彼女の真価を測る場だ。


 出会う前の彼女はどんな訓練をして強くなっていったのか? それを知るためには丁度いいだろう。魔法に関して、僕は無属性で彼女に勝てる要素は一つもなかった。


「いくぞ」


 そう言って、結界へと一歩足を踏み入れた。


 緑の大地、木々のざわめき。模擬とは思えないほど精密に作られた魔獣の領域。


 ここで何が起きるかは、まだわからない。


 だが確実に言えるのは、この演習の中で、少しでも今のエリスを知ろうと思う。


 結界を抜けると、そこには“練り込まれた”自然の風景が広がっていた。


 淡く発光する空は夕焼けに近い朱に染まり、足元の草はわずかに揺れている。


 森、草地、小川、廃村のような建物の影。魔力によって形成された戦場。だが、臨場感は“本物”そのもの。


 振り返れば、結界の外には、次の班の名が呼ばれる光景が見える。


「第二班、レオ・シュバイツ、フェルナン・リーブス、ゼナ・アルヴィナ。入場を許可する」


 あの声が名前を呼んだ瞬間、空気がわずかに緊張を帯びた。


 そして、青銀の制服に身を包んだ一人の青年が、結界前に姿を現した。


 レオ・シュバイツ。


 王国の中でも古くから続く賢者の家系、シュバイツ侯爵家の嫡男。


 整えられた淡い金の髪に、聡明な瞳。そして、落ち着き払った佇まいは、その存在自体が知の象徴であるかのようだった。


 隣に控えるのは、騎士部門の筆頭フェルナンと、神聖術部門の癒し手ゼナ。


 明らかに教師たちに忖度が見える。


「では、行こう。……どんな相手が出てきても、焦らず、いつも通りに」


 レオは静かに言い、それを合図に三人は結界の中へと姿を消した。


 そんな思考のすぐ後。今度は、やや華やかな空気が流れる。


「第三班、フレミア・カテリナ、ラキア・ローズフィールド、ノーラ・ビルシュ。入場を許可する」


 呼び上げられた名に、ざわめきが起きる。


 カテリナ公爵家の令嬢、フレミアの登場。


 王国でも指折りの名家の娘である彼女は、優雅な身のこなしと落ち着いた微笑みを浮かべて、結界の前へと現れた。


 ラキアは商家の娘にして、策略を得意とする文官志望の才女。そしてノーラは平民出身ながら魔道具の開発で優れた技術を持つ少女。


 三者三様の個性。だが、その中心にいるのは紛れもなくフレミアだった。


「ふふ……では、参りましょう。王都の空気にふさわしい立ち居振る舞いを、見せてあげましょう」


 優雅に言い残して、彼女もまた、結界の向こうへと足を踏み入れていった。


 その笑みの奥に、僕と交わした会話の余韻がほんのわずかに見えた気がする。


 演習は、始まったばかり。


 だが、結界の中に集まるのは“現在”の若者たちだけではない。


 未来を知る俺にとって、この舞台は“再確認”の場だ。


「……さて、動こうか。エリス。リュシア」

「はい!」

「ええ、もう飽きちゃったわ。早く壊す相手が欲しいものね」


 エリスはやや緊張した様子で魔力を帯びさせ、リュシアは相変わらず退屈そうに髪をかき上げていた。


 三人一組。


 最低三人でなければならないルール。


 力も信頼も、僕は何も信じていない。


 だが、見極める。


 結界の奥、魔獣の気配がうごめく森へと、僕たちは足を踏み入れた。


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