普段いるであろう魔獣の存在が、明らかに死の森クラスの強さがあることに僕は楽しんでいた。
魔獣が、僕を恐れずに襲ってくる。
「エリス! もっと集中しろ」
「はい!」
「リュシア。魔獣の位置は」
「東南に300メートルだよ」
僕らの連携は完璧だ。
リュシアが索敵を行って魔物を見つけて、僕がそこに突っ込み。その援護をエリスが行う。
魔獣を討伐して、自分の力を試していると、森に乾いた悲鳴が響いた。
一本の木を折り裂くような音、草を踏み荒らす轟音、そして、血の匂い。
エリスが一瞬、息を呑んだのが分かった。
「悲鳴……! ヴィクター様、あっちです……!」
「アハっ! なんだか面白いことが起こりそうな予感だね」
エリスが指差した方角。風に乗って届く金切り声と、魔力の炸裂音。
どうやらあちこちで魔獣の襲撃を受けている声が響いてくる。
訓練用の結界があるはずだが、明らかに様子がおかしい。この魔獣シミュレーションに参加している生徒は戦闘に自信がある者たちだ。
何よりも、自信がない者たちはすぐに結界の外に出られるが、悲鳴の数が多い。
「リュシア、どれくらいだ?」
「一キロ先かな。複数の魔物と戦闘中、生徒が散ってるわよ」
その言葉に、思考が加速する。
集まっているなら、戦うまでだ。
すぐに走り出す。エリスとリュシアが後に続く。地面を蹴り、木々を駆け抜けながら、魔物の気配に意識を集中する。
重い空気。鈍く震える大地。見えてきたのは、崩れた木々と、魔物の巨体。
それは、通常の訓練で出現する類の魔物ではなかった。
赤黒い外皮。斧のように発達した前肢。目は完全に理性を失い、暴走する魔物がいた。
そして、その足元に、倒れるレオの姿があった。
その周囲には、レオの従者だった者たちが倒れている。
血を吐き、胸が深く抉られている。すでに息はない。
レオが叫ぶように剣を振るっていた。だが、その斬撃は魔物の外殻に弾かれ、届いていない。レオは賢者の家系として、魔法や剣術、どっちも得意としているはずだが、戦う様子を見れば、まだ三階に到達したところなのだろう。
魔獣に対応できていない。
生きているのは、レオの背後にフレミアが支援の魔術を展開しているからだ。彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、肩で息をしていた。
彼女の従者はフレミアを守るようにしているが、かなり疲労して、傷も負っている。
「面白い」
明らかに、他の魔獣よりも強い暴走する魔物。僕は、《冥哭》を抜いた。
「エリス、後衛支援。リュシア、左から回り込め」
「アハっ、了解」
「はい!」
黒の魔剣が風を切る。
斬撃の一閃が、魔物の左脚を切り裂く。初撃で骨まで達しないことに、こいつの強度を悟る。
「っ……!? ヴィクター!?」
レオがこちらに気づき、顔を上げた。
それは驚愕を向けてきていた。
「退け、レオ。お前ではその相手は無理だ」
「なっ……! バカにするな!」
言葉の真意を理解するよりも早く、俺は再び突撃した。
リュシアが跳躍し、魔物の背後から血を噴き出させる。
「火よ!」
エリスの呪文が炸裂し、口元に火球が命中。
その一瞬の隙を、僕の《冥哭》が裂いた。
黒い刃が、魔物の首を断ち切る。
魔物の巨体がぐらつき、そして音もなく崩れ落ちた。
だが、倒した魔物の体から黒い触手が伸びて襲いかかってくる。
さらに、暴走した魔物の群れが現れる。
「は……あ……えっ!」
フレミアが魔物の群れを見て唖然として膝をついた。
レオも、剣を握ったまま、動けずにいる。
「フレミア、大丈夫か?」
僕が声をかけて駆け寄ると、彼女は微笑みながら首を振った。
「私は平気です。でも……他の子たちが、傷を負っています。癒しを……私がやらなければ」
彼女はふらつく足で立ち上がり、倒れていた生徒の元へ向かった。
結界が歪み、演習とは言えない地獄と化したこの空間で、彼女は献身的に癒しの魔法を使い続けている。
なかなかに気丈なことだ
血まみれの制服、震える手、それでも目はしっかりと前を向いていた。
その背中を見つめながら、手にした《冥哭》を静かに構えた。
「ならば、背後は任せよう」
「ヴィクター様どうされるのですか?」
「決まっている。あれを全部倒す」
「えっ?! 危険です」
「どっちみち逃げることなど、あの数ではできないさ。なら、全部倒した方がいい。エリス、リュシア」
これまで一緒に戦ってきた二人に声をかける。
「はい!」
「もう、人使いが荒いわね」
僕の声に二人が応える。
「こいつらを守れ。あれの相手は僕がする」
戦闘はいい。
余計なことを考えなくていい。
刃を構え、僕はただ前を見る。森の奥から群がる魔物の影が、十、二十、数えきれない。真っ赤に輝く瞳がこちらを獲物として定めている。
「……まとめて潰す。冥哭、応じろ」
黒き魔剣が唸りを上げ、魔力が刃に集束する。
「
一閃。地を割るような斬撃が放たれ、黒い奔流が大地を走る。雷鳴のような咆哮と共に、迫る魔物たちを一瞬で飲み込んだ。
僕が味わった地獄。
断罪されるまでの拷問の日々。
咆哮、悲鳴、断末魔。
それらすべてが一つの衝撃波に呑まれ、闇に溶けて消えていく。
冥哭は僕が味わった絶望を、力に変えてくれる。
魔物たちを闇に飲み込んで、絶望を味合わせる。
煙が晴れたとき、そこには地に伏す魔物の山と、静かに剣を収める僕の姿だけが残っていた。
冥哭は満足げに、低く唸った。