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第53話

 普段いるであろう魔獣の存在が、明らかに死の森クラスの強さがあることに僕は楽しんでいた。


 魔獣が、僕を恐れずに襲ってくる。 


「エリス! もっと集中しろ」

「はい!」

「リュシア。魔獣の位置は」

「東南に300メートルだよ」


 僕らの連携は完璧だ。


 リュシアが索敵を行って魔物を見つけて、僕がそこに突っ込み。その援護をエリスが行う。


 魔獣を討伐して、自分の力を試していると、森に乾いた悲鳴が響いた。


 一本の木を折り裂くような音、草を踏み荒らす轟音、そして、血の匂い。


 エリスが一瞬、息を呑んだのが分かった。


「悲鳴……! ヴィクター様、あっちです……!」

「アハっ! なんだか面白いことが起こりそうな予感だね」


 エリスが指差した方角。風に乗って届く金切り声と、魔力の炸裂音。


 どうやらあちこちで魔獣の襲撃を受けている声が響いてくる。


 訓練用の結界があるはずだが、明らかに様子がおかしい。この魔獣シミュレーションに参加している生徒は戦闘に自信がある者たちだ。


 何よりも、自信がない者たちはすぐに結界の外に出られるが、悲鳴の数が多い。


「リュシア、どれくらいだ?」

「一キロ先かな。複数の魔物と戦闘中、生徒が散ってるわよ」


 その言葉に、思考が加速する。


 集まっているなら、戦うまでだ。


 すぐに走り出す。エリスとリュシアが後に続く。地面を蹴り、木々を駆け抜けながら、魔物の気配に意識を集中する。


 重い空気。鈍く震える大地。見えてきたのは、崩れた木々と、魔物の巨体。


 それは、通常の訓練で出現する類の魔物ではなかった。


 赤黒い外皮。斧のように発達した前肢。目は完全に理性を失い、暴走する魔物がいた。


 そして、その足元に、倒れるレオの姿があった。


 その周囲には、レオの従者だった者たちが倒れている。


 血を吐き、胸が深く抉られている。すでに息はない。


 レオが叫ぶように剣を振るっていた。だが、その斬撃は魔物の外殻に弾かれ、届いていない。レオは賢者の家系として、魔法や剣術、どっちも得意としているはずだが、戦う様子を見れば、まだ三階に到達したところなのだろう。


 魔獣に対応できていない。


 生きているのは、レオの背後にフレミアが支援の魔術を展開しているからだ。彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、肩で息をしていた。


 彼女の従者はフレミアを守るようにしているが、かなり疲労して、傷も負っている。


「面白い」


 明らかに、他の魔獣よりも強い暴走する魔物。僕は、《冥哭》を抜いた。


「エリス、後衛支援。リュシア、左から回り込め」

「アハっ、了解」

「はい!」


 黒の魔剣が風を切る。


 斬撃の一閃が、魔物の左脚を切り裂く。初撃で骨まで達しないことに、こいつの強度を悟る。


「っ……!? ヴィクター!?」


 レオがこちらに気づき、顔を上げた。


 それは驚愕を向けてきていた。


「退け、レオ。お前ではその相手は無理だ」

「なっ……! バカにするな!」 


 言葉の真意を理解するよりも早く、俺は再び突撃した。


 リュシアが跳躍し、魔物の背後から血を噴き出させる。


「火よ!」


 エリスの呪文が炸裂し、口元に火球が命中。


 その一瞬の隙を、僕の《冥哭》が裂いた。


 黒い刃が、魔物の首を断ち切る。


 魔物の巨体がぐらつき、そして音もなく崩れ落ちた。


 だが、倒した魔物の体から黒い触手が伸びて襲いかかってくる。


 さらに、暴走した魔物の群れが現れる。


「は……あ……えっ!」


 フレミアが魔物の群れを見て唖然として膝をついた。


 レオも、剣を握ったまま、動けずにいる。


「フレミア、大丈夫か?」


 僕が声をかけて駆け寄ると、彼女は微笑みながら首を振った。


「私は平気です。でも……他の子たちが、傷を負っています。癒しを……私がやらなければ」


 彼女はふらつく足で立ち上がり、倒れていた生徒の元へ向かった。


 結界が歪み、演習とは言えない地獄と化したこの空間で、彼女は献身的に癒しの魔法を使い続けている。


 なかなかに気丈なことだ


 血まみれの制服、震える手、それでも目はしっかりと前を向いていた。


 その背中を見つめながら、手にした《冥哭》を静かに構えた。


「ならば、背後は任せよう」

「ヴィクター様どうされるのですか?」

「決まっている。あれを全部倒す」

「えっ?! 危険です」

「どっちみち逃げることなど、あの数ではできないさ。なら、全部倒した方がいい。エリス、リュシア」


 これまで一緒に戦ってきた二人に声をかける。


「はい!」

「もう、人使いが荒いわね」


 僕の声に二人が応える。


「こいつらを守れ。あれの相手は僕がする」


 戦闘はいい。


 余計なことを考えなくていい。


 刃を構え、僕はただ前を見る。森の奥から群がる魔物の影が、十、二十、数えきれない。真っ赤に輝く瞳がこちらを獲物として定めている。


「……まとめて潰す。冥哭、応じろ」


 黒き魔剣が唸りを上げ、魔力が刃に集束する。


黒獄斬こくごくざんッ!!」


 一閃。地を割るような斬撃が放たれ、黒い奔流が大地を走る。雷鳴のような咆哮と共に、迫る魔物たちを一瞬で飲み込んだ。


 僕が味わった地獄。


 断罪されるまでの拷問の日々。


 咆哮、悲鳴、断末魔。


 それらすべてが一つの衝撃波に呑まれ、闇に溶けて消えていく。


 冥哭は僕が味わった絶望を、力に変えてくれる。


 魔物たちを闇に飲み込んで、絶望を味合わせる。


 煙が晴れたとき、そこには地に伏す魔物の山と、静かに剣を収める僕の姿だけが残っていた。


 冥哭は満足げに、低く唸った。



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