《side:ヴィクター》
王都の空は晴れていた。
だが、僕の心の空は、晴れでも曇りでもなかった。ただ淡々と、次の標的を見据えている。
次に調査をする人物は、レオ・シュバイツ。
賢者の家系で育ち。
未来では、僕と志を共にし、時に笑い、剣と知恵を交わした盟友だった。
しかしそのレオが、アリシアと結ばれ、王位についた。
僕を処刑台へと送る。
見届けていた側の筆頭と言ってもいい。
あの時のレオはどんな想いで僕を見ていたのか?
これまでのように魔族が関係しているのか、知る必要がある。
「ふぅ……」
屋敷の庭に降り立ち、日差しを背に、静かに深呼吸をする。
レオを調べるにあたって、まずは奴の現在を知らなけれならない。
学園で行われた魔獣討伐イベントで、交友関係にあった家の者を失っている。
それは、未来でもそうだったのか? 僕は知らない。
そしてシュバイツ侯爵家の動向を洗い出す必要があった。
特に賢者と呼ばれる家系特有の魔法とは異なる技術を持っていた。
リュシアといるから理解したが、レオが使っていた魔法は、魔術の類ではないかと思っている。つまり、魔族と接触している可能性が高い。
だが、リュシアの調査では、レオの周りに魔族はいない。
エリスの側に現れた夢魔以外の魔族は見つかっていなかった。
「ヴィクター様っ!」
聞き慣れた少女の声が、僕の背後から跳ねるように届いた。
学園でお茶をしながら、考え事をしていると、エリスが両手を胸の前で組んで、笑顔で立っていた。
清々しい表情。どこか晴れやかで、悪夢に苛まれていたとは思えないほど、澄んだ瞳をしていた。
「……何か用か?」
興味を失ったエリスに対して、僕が彼女と接するつもりはない。
感情を失った自分にとって、彼女の存在はすでに終わったことだ。
エリスはまっすぐな目で僕を見ていた。
「用事がなくても、私をヴィクター様の側にいさせてくれませんか? お力になりたいんです!」
あまりに素直な言葉に、僕は返す言葉を失ってしまう。
エリスは前の時もそうだった。真っ直ぐに疑うことなくなら、自分の足で立ち、意志を持って僕を見ている。
……心の芯を強く持った女性だ。
「……そうか」
返した言葉は、それだけだった。
正直、どう扱えばいいのか分からない。
今の僕にとって、彼女は調査対象ではない。かといって、対等な同志でもない。
ドイルならば従者として、血の契約を結んだ。
リュシアなら服従の契約を結んでいる。
エリスと、それらの契約を結ぶつもりはない。
だからこそ、困惑を隠しきれずにいると、脇からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「アハっ。いいんじゃない、ご主人様」
リュシアだった。いつの間にか、僕の左側に立ち、腕を組みながら微笑んでいた。
学園の制服を纏って、彼女は言葉を続ける。
「ご主人様は愛想が悪いから、エリスみたいな子が近くにいた方が、周りの人間も声をかけやすくなるわよ?」
「愛想……?」
どうして他人に愛想を振り撒く必要がある? 僕はここに必要な調査のために来ている。それ以上に誰かと接する必要などない。
「ええ、すっごく悪いわ。顔は良い分だけ、目つきと口調と距離感が最悪」
悪びれもせずに言うその言葉に、エリスが「あはは……」と困ったように笑う。
「リュシアちゃん! そ、そんなことないと思います……ヴィクター様は、とてもやさしいです……!」
言葉の先は、彼女の顔が赤く染まってかき消された。
見れば、口元をきゅっと引き結びながら、目をそらしている。
「カ・ワ・イイ〜!!」
リュシアがエリスを抱きしめる。
二人の美少女が戯れあう姿に、周囲の人間。特に男子生徒たちがこちらを見て顔を赤くしている。
「……エリス。お前は、何を目指している?」
僕はそんな周囲の視線など気にすることなく、エリスに問いかけた。
「魔法使いとして人々の役に立つことです。誰かを救える魔法使いになりたい。それから、ヴィクター様のように、自分の信じる道を貫ける人に……なりたいんです」
その声に、僕は深々とため息を吐いた。
昔と変わらない真っ直ぐな言葉。
「……好きにしろ」
彼女に対して、僕は強い拒絶を口にすることができない。
だがエリスは、驚くでもなく、うなずいて笑った。
「……はい! がんばりますっ!」
エリスは小さく拳を握っていた。
その姿を見ながら、未来の彼女が流した涙は、何を意味していたのだろうか? それは今となってはわからないように思える。
夢魔によって引き起こされたのか、他にも別の意味があったのか?
「アハっ! ご主人様の戸惑いもまた一興ね」
リュシアは、くすくすと喉を鳴らすように笑った。
「……ご主人様、エリスに甘くない?」
「……気のせいだ」
今の彼女の笑顔は悪くなかった。
確かに僕は感情がない。
絶望を知り、誰も信じない。
だけど、誰かを踏みつけて壊したいと思っているわけじゃない。
むしろ、エリスが僕の断罪に関与していないなら、彼女の意思で自由にすればいい。
僕は僕のやりたいことを貫くだけだ。
それが、エリスの理想と違う道であった場合。
互いに道を分けることになっても、僕に悔いはない。