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第63話

《side:ヴィクター》


 王都の空は晴れていた。


 だが、僕の心の空は、晴れでも曇りでもなかった。ただ淡々と、次の標的を見据えている。


 次に調査をする人物は、レオ・シュバイツ。


 賢者の家系で育ち。


 未来では、僕と志を共にし、時に笑い、剣と知恵を交わした盟友だった。


 しかしそのレオが、アリシアと結ばれ、王位についた。


 僕を処刑台へと送る。


 見届けていた側の筆頭と言ってもいい。


 あの時のレオはどんな想いで僕を見ていたのか?


 これまでのように魔族が関係しているのか、知る必要がある。


「ふぅ……」


 屋敷の庭に降り立ち、日差しを背に、静かに深呼吸をする。


 レオを調べるにあたって、まずは奴の現在を知らなけれならない。


 学園で行われた魔獣討伐イベントで、交友関係にあった家の者を失っている。


 それは、未来でもそうだったのか? 僕は知らない。


 そしてシュバイツ侯爵家の動向を洗い出す必要があった。


 特に賢者と呼ばれる家系特有の魔法とは異なる技術を持っていた。


 リュシアといるから理解したが、レオが使っていた魔法は、魔術の類ではないかと思っている。つまり、魔族と接触している可能性が高い。


 だが、リュシアの調査では、レオの周りに魔族はいない。


 エリスの側に現れた夢魔以外の魔族は見つかっていなかった。


「ヴィクター様っ!」


 聞き慣れた少女の声が、僕の背後から跳ねるように届いた。


 学園でお茶をしながら、考え事をしていると、エリスが両手を胸の前で組んで、笑顔で立っていた。


 清々しい表情。どこか晴れやかで、悪夢に苛まれていたとは思えないほど、澄んだ瞳をしていた。


「……何か用か?」


 興味を失ったエリスに対して、僕が彼女と接するつもりはない。


 感情を失った自分にとって、彼女の存在はすでに終わったことだ。


 エリスはまっすぐな目で僕を見ていた。


「用事がなくても、私をヴィクター様の側にいさせてくれませんか? お力になりたいんです!」


 あまりに素直な言葉に、僕は返す言葉を失ってしまう。


 エリスは前の時もそうだった。真っ直ぐに疑うことなくなら、自分の足で立ち、意志を持って僕を見ている。


 ……心の芯を強く持った女性だ。


「……そうか」


 返した言葉は、それだけだった。


 正直、どう扱えばいいのか分からない。


 今の僕にとって、彼女は調査対象ではない。かといって、対等な同志でもない。


 ドイルならば従者として、血の契約を結んだ。

 リュシアなら服従の契約を結んでいる。


 エリスと、それらの契約を結ぶつもりはない。


 だからこそ、困惑を隠しきれずにいると、脇からくすくすと笑い声が聞こえてきた。


「アハっ。いいんじゃない、ご主人様」


 リュシアだった。いつの間にか、僕の左側に立ち、腕を組みながら微笑んでいた。


 学園の制服を纏って、彼女は言葉を続ける。


「ご主人様は愛想が悪いから、エリスみたいな子が近くにいた方が、周りの人間も声をかけやすくなるわよ?」

「愛想……?」


 どうして他人に愛想を振り撒く必要がある? 僕はここに必要な調査のために来ている。それ以上に誰かと接する必要などない。


「ええ、すっごく悪いわ。顔は良い分だけ、目つきと口調と距離感が最悪」


 悪びれもせずに言うその言葉に、エリスが「あはは……」と困ったように笑う。


「リュシアちゃん! そ、そんなことないと思います……ヴィクター様は、とてもやさしいです……!」


 言葉の先は、彼女の顔が赤く染まってかき消された。


 見れば、口元をきゅっと引き結びながら、目をそらしている。


「カ・ワ・イイ〜!!」


 リュシアがエリスを抱きしめる。


 二人の美少女が戯れあう姿に、周囲の人間。特に男子生徒たちがこちらを見て顔を赤くしている。


「……エリス。お前は、何を目指している?」


 僕はそんな周囲の視線など気にすることなく、エリスに問いかけた。


「魔法使いとして人々の役に立つことです。誰かを救える魔法使いになりたい。それから、ヴィクター様のように、自分の信じる道を貫ける人に……なりたいんです」


 その声に、僕は深々とため息を吐いた。


 昔と変わらない真っ直ぐな言葉。


「……好きにしろ」


 彼女に対して、僕は強い拒絶を口にすることができない。


 だがエリスは、驚くでもなく、うなずいて笑った。


「……はい! がんばりますっ!」


 エリスは小さく拳を握っていた。


 その姿を見ながら、未来の彼女が流した涙は、何を意味していたのだろうか? それは今となってはわからないように思える。


 夢魔によって引き起こされたのか、他にも別の意味があったのか?


「アハっ! ご主人様の戸惑いもまた一興ね」


 リュシアは、くすくすと喉を鳴らすように笑った。


「……ご主人様、エリスに甘くない?」

「……気のせいだ」


 今の彼女の笑顔は悪くなかった。


 確かに僕は感情がない。


 絶望を知り、誰も信じない。


 だけど、誰かを踏みつけて壊したいと思っているわけじゃない。


 むしろ、エリスが僕の断罪に関与していないなら、彼女の意思で自由にすればいい。


 僕は僕のやりたいことを貫くだけだ。


 それが、エリスの理想と違う道であった場合。


 互いに道を分けることになっても、僕に悔いはない。


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