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第65話

《side:ヴィクター》


 学園の昼下がり、本来なら今日はレオ・シュバイツの動向を探る予定だった。


 悪化した演習での失態。あれ以来、レオの動きは不穏だった。


 だが、現実はなぜか調べることを許してはくれない。


「ヴィクター様、どうぞ!」


 エリスが満面の笑みで席を勧める。


「アハっ! ご主人様、今日はハーレムね。フレミア様も来てくださってますよ」


 リュシアが当然のように背後に陣取り、フレミアを連れてくる。


「ご挨拶が遅れました。ヴィクター様、シミュレーターでのご活躍とお礼を兼ねてご挨拶に来たいと思っておりました。……本当に、ありがとうございます。そして、素晴らしい戦いでした」


 優雅な微笑みを浮かべたフレミアが、ティーカップを掲げた。


 なぜこうなった。


 四人掛けの小さなテーブルに、僕は囲まれていた。


 しかも、全員が、何故か僕に向かって微妙な笑みを浮かべている。


「……フレミア、学園では、それぞれの生活を優先するのでは?」


 率直に尋ねると、フレミアは優雅にカップを傾けた。


「ご迷惑でしたか?」

「いや、僕は気にしない」

「ふふ、ヴィクター様らしいですね」


 フレミアの声は穏やかだった。


「魔獣鎮圧シミュレーション。あの時、ヴィクター様がいてくださらなければ、私たちも命を落としていたかもしれません」


 彼女はふっと、瞳を細める。


「最近、ヴィクター様が以前よりも、ずっと強く、そして深く闇を抱えてられたと感じるようになりました」


 フレミアは、昔から変わらない。僕の中にある闇を覗き込むように楽しんでいる。


「貴方の隣に立つ者として、今の貴方をきちんと見ておきたかったのです」

「……そうか、好きにすればいい」


 学園において、フレミアの態度は、婚約者として当然なのかもしれない。


 干渉されないことで、気楽に感じていたが、彼女には彼女の理由があるだろう。


 ここまでは理解できる。


 そんな二人の会話を聞いていた、エリスが慌てた様子で声を発した。


「ヴィクター様!」

「どうした?」


 エリスが、身を乗り出すように僕を見つめた。


「わ、私もっ……あの時、助けていただいて、本当に、嬉しくて……それで、その! ありがとうございました!」


 エリスからは、何度も礼を言われているが、フレミアの言葉を聞いて、思い出したのだろうか? 頬を赤く染め、目を輝かせる。


 その後ろで、リュシアがふわりと笑った。


「アハっ! ご主人様に惹かれるのは当然よねぇ。これだけ魅力的なんだもの」

「……お前も乗るな、リュシア」

「ふふん? 私はもともと、誰よりも近くにいるもの。今さら誰が来ようと関係ないわ」


 そう言いながら、リュシアはエリスの方へ、にっこりと笑みを向けた。


 でも、そこには。バチバチバチッ!!!


 空気中に見えない火花が散ったように感じられる。


 魔力が放流して、フレミアとエリスの魔力がぶつかり合っているように感じられる。


 リスとウサギ。


 小動物同士の睨み合いのように、エリスとフレミアの背後に炎が燃え上がる。


 エリスの額に一筋の汗。リュシアの頬には微笑みが。

 フレミアは、瞳だけが冷たく光っていた。


(女性の気持ちは全くわからない……それは未来でも、今でも変わらない。アリシアを理解できなかった以上。僕にはそっちの才能は皆無だ。本当に人の気持ちは面倒だ)


 溜息を吐きたくなる。


 どうしてレオを探していたはずなのに、こんな女性たちに囲まれなければいけないのだろうか? 特にフレミアは微笑を崩さず、品よく紅茶を口にしていた。


 婚約者の余裕か、それとも彼女は人とは感性が違うのか? まぁ、リュシアも魔族で感性は違うだろうから、同列に考えるのもおかしいのか?


「ご主人様、どちらが好みかしら? 可愛いけど頑張り屋なうさぎちゃん? それとも、従順で頭が切れるリスちゃん?」


 リュシアが、僕の耳元で囁くように悪戯っぽく問うてきた。


 すぐにエリスが、あわあわと慌てる。


「り、リスとかウサギって……!? わ、私、負けませんっ!」

「ふふ、健気で可愛いわね」


 リュシアがからかうようにエリスの髪を弄る。


 ああ、本当に。無駄なことだ。僕は、もう。


 誰にも興味を持つつもりはないというのに。


 ……この茶番から解放してくれないだろうか? 無視をして席をたってもいいが、全員でゾロゾロとついてこられるのも面倒だ。


 適当に相手をして、解散になるのが一番望ましい。


 紅茶をひと口。


 先ほどから、カフェの周りには人も集まってきて何やら騒がしい。


「おいおい、美少女を侍らして、ハーレムかよ」

「いや、でもアースレイン家の当主候補だぞ。三人ぐらいは妻がいるんじゃないか?」

「ヴィクター・アースレイン様のあの冷たい視線で見られたい!」


 どうやらカフェで座っているだけで、注目を集めている。


 僕としては、興味がないが騒がしいのは、勘弁してほしい。


 周囲で小競り合いや、観客が集まる中で、僕は静かに、心の奥を冷やしていた。


 警戒する相手は、レオだけじゃない。


 マーベの姿を一度も見ていない。学園にいるはずなのに、どうしてだろうか?



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