《side:ヴィクター》
学園の昼下がり、本来なら今日はレオ・シュバイツの動向を探る予定だった。
悪化した演習での失態。あれ以来、レオの動きは不穏だった。
だが、現実はなぜか調べることを許してはくれない。
「ヴィクター様、どうぞ!」
エリスが満面の笑みで席を勧める。
「アハっ! ご主人様、今日はハーレムね。フレミア様も来てくださってますよ」
リュシアが当然のように背後に陣取り、フレミアを連れてくる。
「ご挨拶が遅れました。ヴィクター様、シミュレーターでのご活躍とお礼を兼ねてご挨拶に来たいと思っておりました。……本当に、ありがとうございます。そして、素晴らしい戦いでした」
優雅な微笑みを浮かべたフレミアが、ティーカップを掲げた。
なぜこうなった。
四人掛けの小さなテーブルに、僕は囲まれていた。
しかも、全員が、何故か僕に向かって微妙な笑みを浮かべている。
「……フレミア、学園では、それぞれの生活を優先するのでは?」
率直に尋ねると、フレミアは優雅にカップを傾けた。
「ご迷惑でしたか?」
「いや、僕は気にしない」
「ふふ、ヴィクター様らしいですね」
フレミアの声は穏やかだった。
「魔獣鎮圧シミュレーション。あの時、ヴィクター様がいてくださらなければ、私たちも命を落としていたかもしれません」
彼女はふっと、瞳を細める。
「最近、ヴィクター様が以前よりも、ずっと強く、そして深く闇を抱えてられたと感じるようになりました」
フレミアは、昔から変わらない。僕の中にある闇を覗き込むように楽しんでいる。
「貴方の隣に立つ者として、今の貴方をきちんと見ておきたかったのです」
「……そうか、好きにすればいい」
学園において、フレミアの態度は、婚約者として当然なのかもしれない。
干渉されないことで、気楽に感じていたが、彼女には彼女の理由があるだろう。
ここまでは理解できる。
そんな二人の会話を聞いていた、エリスが慌てた様子で声を発した。
「ヴィクター様!」
「どうした?」
エリスが、身を乗り出すように僕を見つめた。
「わ、私もっ……あの時、助けていただいて、本当に、嬉しくて……それで、その! ありがとうございました!」
エリスからは、何度も礼を言われているが、フレミアの言葉を聞いて、思い出したのだろうか? 頬を赤く染め、目を輝かせる。
その後ろで、リュシアがふわりと笑った。
「アハっ! ご主人様に惹かれるのは当然よねぇ。これだけ魅力的なんだもの」
「……お前も乗るな、リュシア」
「ふふん? 私はもともと、誰よりも近くにいるもの。今さら誰が来ようと関係ないわ」
そう言いながら、リュシアはエリスの方へ、にっこりと笑みを向けた。
でも、そこには。バチバチバチッ!!!
空気中に見えない火花が散ったように感じられる。
魔力が放流して、フレミアとエリスの魔力がぶつかり合っているように感じられる。
リスとウサギ。
小動物同士の睨み合いのように、エリスとフレミアの背後に炎が燃え上がる。
エリスの額に一筋の汗。リュシアの頬には微笑みが。
フレミアは、瞳だけが冷たく光っていた。
(女性の気持ちは全くわからない……それは未来でも、今でも変わらない。アリシアを理解できなかった以上。僕にはそっちの才能は皆無だ。本当に人の気持ちは面倒だ)
溜息を吐きたくなる。
どうしてレオを探していたはずなのに、こんな女性たちに囲まれなければいけないのだろうか? 特にフレミアは微笑を崩さず、品よく紅茶を口にしていた。
婚約者の余裕か、それとも彼女は人とは感性が違うのか? まぁ、リュシアも魔族で感性は違うだろうから、同列に考えるのもおかしいのか?
「ご主人様、どちらが好みかしら? 可愛いけど頑張り屋なうさぎちゃん? それとも、従順で頭が切れるリスちゃん?」
リュシアが、僕の耳元で囁くように悪戯っぽく問うてきた。
すぐにエリスが、あわあわと慌てる。
「り、リスとかウサギって……!? わ、私、負けませんっ!」
「ふふ、健気で可愛いわね」
リュシアがからかうようにエリスの髪を弄る。
ああ、本当に。無駄なことだ。僕は、もう。
誰にも興味を持つつもりはないというのに。
……この茶番から解放してくれないだろうか? 無視をして席をたってもいいが、全員でゾロゾロとついてこられるのも面倒だ。
適当に相手をして、解散になるのが一番望ましい。
紅茶をひと口。
先ほどから、カフェの周りには人も集まってきて何やら騒がしい。
「おいおい、美少女を侍らして、ハーレムかよ」
「いや、でもアースレイン家の当主候補だぞ。三人ぐらいは妻がいるんじゃないか?」
「ヴィクター・アースレイン様のあの冷たい視線で見られたい!」
どうやらカフェで座っているだけで、注目を集めている。
僕としては、興味がないが騒がしいのは、勘弁してほしい。
周囲で小競り合いや、観客が集まる中で、僕は静かに、心の奥を冷やしていた。
警戒する相手は、レオだけじゃない。
マーベの姿を一度も見ていない。学園にいるはずなのに、どうしてだろうか?