昼下がり、中央学園の演習場。
学科合同授業中に、レオと同じになった。
「皆さん、それでは本日は魔法合戦をしていただこうと思います。王国の全土には魔物が蔓延り、魔法を使える者、戦闘術を鍛えた者たちが弱き人たちを守って欲しいのです。そのため、互いに魔法を競い合うことで鍛えあってください」
教師である、魔法師の言葉に、各自の魔力制御と攻撃精度を競い、成績に反映される大規模な演習が開始される。
僕は、魔法は無属性のためにほとんど使うことができない。
木製の観覧席には、すでに多くの生徒たちが陣取り、ざわめきと熱気が満ちていた。
「次は、ヴィクター・アースレイン様とレオ・シュバイツ様!」
教師の号令が響き渡る。
場の空気が一気にざわついた。
四大貴族の子息同士の対決。
しかも、片や剣神家系、片や賢者家系。
誰もが固唾を飲んで見守る。
「……」
僕は特に何も感じなかった。
この場に立つ理由も興味も、ただ一つ。レオの力量を確認するためであり、何よりも僕には魔法を無効化できるので、この場で行うことも決まっている。
勝敗に意味はない。この場の称賛も、敗北も、何も価値はない。
……対するレオ……僕に向ける視線には、剥き出しの対抗心が滲んでいた。
「ふっ、見せてやるよ、アースレイン! 魔法でシュバルツ家が劣ることはあり得ない」
レオは杖を振る。
同時に三つの魔法陣が開かれる。
炎、氷、雷。三色の属性が、絶妙な制御で空中に交錯した。
「三色同時展開……っ!」
「さすが賢者家系だ……!」
「魔法でレオ様に対抗できる人はいないんじゃないか?」
周囲の生徒たちがどよめく。レオはその反応を得意気に受け止めると、さらに煽るように叫んだ。
「どうだ、アースレイン! これが賢者の系譜の力だ! 貴様にこんな芸当ができるか!?」
「……無理だな」
僕は無言で彼を見つめる。
何も感情は動かなかった。
確かに、三色同時展開は高難度だ。
だが、それはレオにとってはたいした偉業ではない。
未来のレオは
苦手な属性も全て、使うほどの才能を見せつけてきた。
むしろ、今は修行を始める前なのだろう……三色程度では、それが何だという感覚しかない
何よりも、僕は無属性であり、剣術をメインにしている。
得意が違うのにイキっても仕方ない。
「僕は放出系の魔法は使えない」
「はは、マジか? この程度もできないなんて情けないやつだ」
属性魔法の巧緻さを競うこの場に、僕のような存在が最初から向いているはずもない。だが、それを恥じる気も、羨む気もなかった。
僕にとって魔法とは、放つためのものではない。美しく飾り立てるための技芸でもない。
だから、レオの華やかな魔法を見ても何も思わなかった。
レオの顔が、微かに引き攣った。
僕が無表情でいることに、彼は気づいたのだろう。
「な、何だその顔は……! 貴様、私の魔法が恐ろしくないのか……?!」
「……そうだな。構わないから、僕に向かって打ってみればいい」
「なんだと!」
無駄な言葉を交わす必要もない。
レオは、理解できないのだ。
誰かに称賛されるための強さではなく、ただ生き延びるためだけに鍛えた力が、この世にあるということを。
戦場を知らぬ今のレオでは、僕の相手になるはずがない。
「ふ、ふざけるな……!」
「ふざけてはいない。お前の才能も認めている」
「お前はいつも人を下に見ているんだ!」
勝手な言い分だ。
だが、今だから思いだせた。
僕とレオはいつもこんな感じだった。その間にアリシアが仲を取り持っていた。
だが、今はアリシアがいない。
レオと僕の間には、仲を取り持つ者はいない。レオの魔力が激昂に応じて、さらに膨れ上がる。
炎はうねり、雷光は弾け、氷柱が大地を突き上げる。
だが、どれも命を奪うための刃ではない。
どこかで、見せるために磨かれた、技巧の魔法だった。
僕は、静かに歩みを進めた。
魔力を纏わない。
剣も抜かない。
ただ、相手の懐に入るためだけに、一歩、一歩と距離を詰めた。
レオの瞳に、初めて怯えの色が滲んだ。
「な、なんだ……来るな……!」
「どうして恐れる? 僕は剣も抜いていないぞ? お前は三色の魔法を展開しているのだろう? それを放つだけだ」
「うるさい! 黙れ!」
僕は、ただ真っ直ぐにレオを見た。
賢者の称号も、三色魔法も、この場の喝采も何の価値もないことを告げるように。
そこにあるのは、純粋な生存競争だけだ。
「うわ!!!」
放たれた三色の魔法は、僕の前で消え失せる。
僕の魔力無効化は、放たれた魔法にも効果を発揮する。
「……そこまで!」
教師の合図で、演習は終了となった。
勝負はつかなかった。
だが、どちらが上だったか、誰の目にも明らかだっただろう。
拍手も歓声もなかった。
僕が戦った後はいつもこんな感じだった。
アリシアの後に隠れていた時も、戦った後には静けさしか残らない。
ただ、静まり返った空気の中で、僕は背を向けた。
レオの叫びが、耳の奥に刺さった。
「絶対に……絶対に貴様を越えてやる……!」
その声を背中で聞きながら。
僕は、心のどこにも、今のレオの存在を刻まなかった。
興味がない。
もしも、魔族が関与していても弱すぎる。
僕とレオの決定的な違いだった。