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第66話

 昼下がり、中央学園の演習場。


 学科合同授業中に、レオと同じになった。


「皆さん、それでは本日は魔法合戦をしていただこうと思います。王国の全土には魔物が蔓延り、魔法を使える者、戦闘術を鍛えた者たちが弱き人たちを守って欲しいのです。そのため、互いに魔法を競い合うことで鍛えあってください」


 教師である、魔法師の言葉に、各自の魔力制御と攻撃精度を競い、成績に反映される大規模な演習が開始される。


 僕は、魔法は無属性のためにほとんど使うことができない。


 木製の観覧席には、すでに多くの生徒たちが陣取り、ざわめきと熱気が満ちていた。


「次は、ヴィクター・アースレイン様とレオ・シュバイツ様!」


 教師の号令が響き渡る。


 場の空気が一気にざわついた。


 四大貴族の子息同士の対決。


 しかも、片や剣神家系、片や賢者家系。


 誰もが固唾を飲んで見守る。


「……」


 僕は特に何も感じなかった。


 この場に立つ理由も興味も、ただ一つ。レオの力量を確認するためであり、何よりも僕には魔法を無効化できるので、この場で行うことも決まっている。


 勝敗に意味はない。この場の称賛も、敗北も、何も価値はない。


 ……対するレオ……僕に向ける視線には、剥き出しの対抗心が滲んでいた。


「ふっ、見せてやるよ、アースレイン! 魔法でシュバルツ家が劣ることはあり得ない」


 レオは杖を振る。


 同時に三つの魔法陣が開かれる。


 炎、氷、雷。三色の属性が、絶妙な制御で空中に交錯した。


「三色同時展開……っ!」

「さすが賢者家系だ……!」

「魔法でレオ様に対抗できる人はいないんじゃないか?」


 周囲の生徒たちがどよめく。レオはその反応を得意気に受け止めると、さらに煽るように叫んだ。


「どうだ、アースレイン! これが賢者の系譜の力だ! 貴様にこんな芸当ができるか!?」

「……無理だな」


 僕は無言で彼を見つめる。


 何も感情は動かなかった。


 確かに、三色同時展開は高難度だ。


 だが、それはレオにとってはたいした偉業ではない。


 未来のレオは同時展開をやってのけた。


 苦手な属性も全て、使うほどの才能を見せつけてきた。


 むしろ、今は修行を始める前なのだろう……三色程度では、それが何だという感覚しかない


 何よりも、僕は無属性であり、剣術をメインにしている。


 得意が違うのにイキっても仕方ない。


「僕は放出系の魔法は使えない」

「はは、マジか? この程度もできないなんて情けないやつだ」


 属性魔法の巧緻さを競うこの場に、僕のような存在が最初から向いているはずもない。だが、それを恥じる気も、羨む気もなかった。


 僕にとって魔法とは、放つためのものではない。美しく飾り立てるための技芸でもない。


 だから、レオの華やかな魔法を見ても何も思わなかった。


 レオの顔が、微かに引き攣った。


 僕が無表情でいることに、彼は気づいたのだろう。


「な、何だその顔は……! 貴様、私の魔法が恐ろしくないのか……?!」

「……そうだな。構わないから、僕に向かって打ってみればいい」

「なんだと!」


 無駄な言葉を交わす必要もない。


 レオは、理解できないのだ。


 誰かに称賛されるための強さではなく、ただ生き延びるためだけに鍛えた力が、この世にあるということを。


 戦場を知らぬ今のレオでは、僕の相手になるはずがない。


「ふ、ふざけるな……!」

「ふざけてはいない。お前の才能も認めている」

「お前はいつも人を下に見ているんだ!」


 勝手な言い分だ。


 だが、今だから思いだせた。


 僕とレオはいつもこんな感じだった。その間にアリシアが仲を取り持っていた。


 だが、今はアリシアがいない。


 レオと僕の間には、仲を取り持つ者はいない。レオの魔力が激昂に応じて、さらに膨れ上がる。


 炎はうねり、雷光は弾け、氷柱が大地を突き上げる。


 だが、どれも命を奪うための刃ではない。


 どこかで、見せるために磨かれた、技巧の魔法だった。


 僕は、静かに歩みを進めた。


 魔力を纏わない。

 剣も抜かない。


 ただ、相手の懐に入るためだけに、一歩、一歩と距離を詰めた。


 レオの瞳に、初めて怯えの色が滲んだ。


「な、なんだ……来るな……!」

「どうして恐れる? 僕は剣も抜いていないぞ? お前は三色の魔法を展開しているのだろう? それを放つだけだ」

「うるさい! 黙れ!」


 僕は、ただ真っ直ぐにレオを見た。


 賢者の称号も、三色魔法も、この場の喝采も何の価値もないことを告げるように。


 そこにあるのは、純粋な生存競争だけだ。


「うわ!!!」


 放たれた三色の魔法は、僕の前で消え失せる。


 僕の魔力無効化は、放たれた魔法にも効果を発揮する。


「……そこまで!」


 教師の合図で、演習は終了となった。


 勝負はつかなかった。


 だが、どちらが上だったか、誰の目にも明らかだっただろう。


 拍手も歓声もなかった。


 僕が戦った後はいつもこんな感じだった。


 アリシアの後に隠れていた時も、戦った後には静けさしか残らない。


 ただ、静まり返った空気の中で、僕は背を向けた。


 レオの叫びが、耳の奥に刺さった。


「絶対に……絶対に貴様を越えてやる……!」


 その声を背中で聞きながら。


 僕は、心のどこにも、今のレオの存在を刻まなかった。


 興味がない。


 もしも、魔族が関与していても弱すぎる。


 僕とレオの決定的な違いだった。


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