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第67話

《sideヴィクター》


 魔法合戦以降から、学園の空気が、微かにざわついていた。


 あれから一週間ほどが経って、二つの変化が学園に起きていた。


 一つは、生徒の失踪事件だ。


 ここ数日のうちに、三人の優秀な生徒が忽然と姿を消した。


 一人目:賢者科の男子生徒で、実力も高く、レオ・シュバイツと並び称されていた逸材だった。


 学内での論争も多く、時には競い合うようにして課題を進めていた記録されている。


 生徒だけでなく、教師たちも学園中を探したが、見つけることができず。外に出た痕跡や足取りも掴めていない。



 そして二人目。魔法科の女子生徒。


 高位の地属性魔法を安定して使えることで知られ、次代の軍魔法師候補として教師陣からも期待されていた。


 エリスとは違う属性であり、魔法科の中でもかなり優秀だった人物だ。


 彼女も一人目と同様に足取りが掴めておらず、外部に出た痕跡もない。



 さらに三人目。神聖魔法科の生徒。


 治癒と結界の両面に優れ、特に教会系の推薦枠として通っていた優等生だった。


 フレミアとも交流があり、教会の聖職者として期待されていた。


 彼もまた二人と同様に足取りも、出て行った痕跡もない。



 立て続けに三人の生徒が一週間で同じように行方知らずになり、学園はその事件の話題でもちきりになった。


 いずれも学園の中でも高い評価を得ていた人間だ。


 同時期に、三人。偶然とは思えない。


「……何者かが動いているのか?」


 僕は書類を見下ろしながら、誰に言うでもなく呟いた。


 魔族の仕業なのか?


「リュシア、魔族の気配はないのか?」

「今のところはわからないわ。気配はあるのだけど、巧妙に姿を隠しているみたいなの。ごめんなさい。ご主人様」

「いや、続けて調査をしてくれ」


 リュシアに調査依頼はすでに出した。


 だが、未だに見つかっていないということは学園にはいないのか? 王都全体に広げて、貴族街の屋敷なども調べるべきか?


 これは、学内で起こった消失であるが、地下などを使えば王都のどこにでも行けるだろう。


 それに加えて、不可解な点がもう一つある。


「……レオ、シュバイツ」


 あの男が魔法合戦以降から生徒に対して態度を変えた。


 それまでは傲慢な態度で、人を見下すような言動を発していた。それは誰に対しても敵意を隠さない毒舌でもあり、あまり評判の良いものではない。


 それが、まるで性格を入れ替えたかのように柔らかくなった。


 他の生徒に向けて優しく微笑み、周囲に言葉をかけ、礼儀正しく振る舞う。


 困った者がいれば、勉強を教えて荷物を運ぶ手伝いまでする。


 最初は戸惑っていた者たちも、一週間も続いていれば、次第にレオ・シュバイツが心を入れ替えたのだと思い始めていた。


 一見すると、成長したのかと思われてもおかしくはない。


 だが、未来を知っている僕としては違和感が拭えない。


 あれは変わったのではなく、演じている。


 奴の心は、敵愾心剥き出しで、負けず嫌い。プライドが高くて、誰よりも出世欲の塊のような人間だ。


 だからこそ無理に取り繕うような、一つ一つの所作のぎこちなさ。


 あの優しい笑顔の裏に、怒りにも似た何かが潜んでいる。


 もしかしたら、あの三人の失踪と、レオの変化の時期が一致しているのは関係があるのかもしれない。


 偶然か、因果か。証拠は何もない。だが、疑うには十分に思えた。


 僕は事件について調べた書類を閉じ、静かに立ち上がった。


 リュシアが廊下の影から現れ、無言で僕を見上げる。


「失踪した三人の共通点を探せ。特に、レオとの接点があるかを重点的に調べてくれ」

「アハっ! ご主人様、やっぱり動くのね。了解よ」


 リュシアは楽しそうに笑いながら、気配を消して去っていく。


 闇が動いている。魔物でも、魔族でもない。


 人間が、意図をもって人を喰らっている。


 表向きには理想的な賢者を演じ、裏では何かを仕掛けているとしたら。


「レオ・シュバイツ……」


 お前の変化の裏にあるものが、ただの成長でないなら。


 僕は、お前を見逃すことはない。



 生徒の失踪に関して、僕はリュシアに調査を依頼し、裏で情報を集めている。


 だが、予想外の動きは、表の側からもやってきた。


「ヴィクター様、お話があります」


 学院の中庭、昼休みの静かな木陰。いつもなら人気のないこの場所に、なぜかフレミアとエリスの二人が並んで立っていた。


「……どうした?」


 二人の顔には、共通したものが浮かんでいた。


 不安。そして、決意。


 いつものように朗らかに微笑むフレミアの面影は薄れ、彼女は真剣な目をして僕を見つめていた。


「実は……神聖魔法科で、私と親しかった方が……行方不明になったのです」


 フレミアが口を開いた。静かで落ち着いた声だが、その奥に隠された焦りは感じ取れた。


「私の方でも探してみましたが、彼の痕跡は完全に消されていて……学園内で、意図的な何かが起きていると感じます」


 続いて、エリスも一歩前に出る。


「私も……魔法科で、一緒に勉強していた子が、急に連絡が取れなくなって。普通に授業を受けていたのに、消息が不明で……」


 エリスの声は小さかったが、瞳は強く輝いていた。


「だから……その、ヴィクター様。もし調べていることがあれば、私たちにも手伝わせてください!」

「私たち二人は、違う系統の魔法を使えますし、調査にも役立てるかと」


 どうして僕が調査をしていることを知っている? 木陰に隠れるリュシアの姿が見える。


 どうやらリュシアの策略というわけだ。


 フレミアが動くのは理解できる。だが、エリスまでが僕に協力を申し出るのは、少し不自然だと思った。


「アハっ、ご主人様、大人気ね。でも、純粋な心で動く人って、案外強いわよ?」


 冗談めいた口調ではあったが、言葉の端にある警告のようなものに僕は気づいた。


 彼女たちも、巻き込まれていくかもしれない。否応なく。


「……わかった。だが、お前たちは深入りするな。最前線は俺がやる」

「はい!」

「かしこまりました、ヴィクター様」


 二人はまったく対照的な反応を見せながら、それでも嬉しそうに頷いた。


 この学園の闇は深い。だが、今はまだ、表と裏、両方の足で歩ける状態だ。


 次にレオと接触する時、何かが動くだろう。


 僕は、仕方なく共に並んで歩くエリスとフレミアを横目に、空を仰いだ。


 雲の流れが速くなっている。


 嵐の兆しは、もう間近にあるのかもしれない。


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