《side:ヴィクター》
学園の講義が終わる夕刻、僕たちは校舎裏手にある資料棟の一室に集まっていた。
失踪した三名の生徒。
賢者科の男子、魔法科の女子、そして神聖魔法科の男子。いずれも実力者でありながら、共通点が見えない。
「アハっ! お待たせ。それぞれの詳細が分かったわよ、ご主人様」
リュシアが懐から数枚の書類を取り出して、卓上に広げた。
「まず、賢者科の子は、属性が土と風の複合型魔術。魔法制御の精度が高く、補助系の結界も扱えた。……ちなみに、レオと最も頻繁に魔法理論で張り合っていた生徒よ」
レオが怪しいという前提で、調べてもらったことで、レオとの関係もリュシアから付け加えて報告される。
「次、火魔法の女子生徒……彼女は、火属性じゃなかったわ」
エリスが、驚いたように声を上げる。
「えっ? でも、実技では火を使っていましたよ」
「それは副次能力よ。本来は『音』の属性を持っていたわ。魔力を震わせて周囲の共鳴を操作する、空間干渉系統。風が魔法が得意で、後から火魔法は、実用のために後天的に習得したものだったらしいわね」
なるほど、自分の属性魔法以外にも、特殊魔法として習得して生まれる存在がいる。魔法科の子は特殊魔法を使える存在だったようだ。
「そして神聖魔法の少年……。回復だけでなく、毒消しや精神浄化、結界術の応用が得意だった。彼の魔法の系統も、分類としては水に近い性質を持つものだったらしいわ」
「……つまり」
僕は静かに呟いた。
「三人とも、炎・雷・氷以外の魔法を扱っていたということか」
「ええ。偶然ではないかもしれません」
フレミアが初めて口を開いた。
落ち着いた声音で、だが、その双眸は真っ直ぐに真実を見据えていた。
「もし誰かが、何かしらの魔法系統に対して執着していたとしたら……例えば、使えない属性を奪えるなどの方法があれば……」
フレミアの言葉からヒントを得た。
レオは未来で七色の属性を使っていた。だが、この間の魔法合戦では、三色の属性だけだった。
「奪おうとしているような意図があるのだとすれば、説明がつくと思いませんか?」
フレミアの発言を聞いて、僕はリュシアを見た。
魔族の中にはそんなことができる存在がいるのだろうか?
「……アハっ! どうかしらね?」
魔族はそれぞれの能力を隠しているような存在だ。
「レオ・シュバイツ……が何かしらの方法で、属性を奪っているとしたら」
炎・雷・氷。いずれも火、風、水の応用属性でレオが努力で手に入れた力だと思っていた。
だが、土や闇、神聖魔法など、それ以外は苦手としていた。
魔法合戦を終えてから……急に態度を変え、優しく接するようになった。
信頼を得て、属性を奪うために誘拐をした? もしもそんなことができるなら、その裏には魔族の可能性が高い。
リュシアが、にこりと笑う。
「ねぇ、ご主人様。レオって、ここ数日、夜な夜な自分の屋敷で怪しい動きをしているの。屋根伝いに移動してる気配があるのよね」
「学園外の拠点は、高位貴族ならば用意もできる」
実際に、僕がアースレイン家の投手代行として、王都で屋敷の主人であるのと同じく。レオがシュバルツ家の屋敷を自由に使っていてもおかしくはない。
「そうね。自分の屋敷に、彼らを招き入れる方法があれば、警備網をかいくぐって追跡できないようにできるかもね。これ以上は実際に調査をしてみないとわからないわ」
フレミアが思いついた属性と奪うという発想。
本当にそんなことができるなら、悪魔のような所業だ。
何よりも、奪われた者たちはどうなるのか?
「……リュシア、調査をしてきてくれ」
「アハっ! もちろんよ」
「エリス、フレミア。今回はレオが行っていると断定はできない。だが、何かしらの悪意ある者が動いているのは間違いない。警戒を怠るな」
僕は椅子から立ち上がった。
「この三人の行方と、レオの動向。両者の繋がりを確かめる」
「ヴィクター様、私も何かしらの変化を見つけてみせます」
エリスが立ち上がり、まっすぐに僕を見る。
「私の魔力も、系統的には特殊です。もしかしたら……次に狙われるのは、私かもしれませんから」
「私もです、ヴィクター様」
フレミアが静かに微笑む。
「あなたと行動を共にするのは、婚約者としての義務以上に、今のあなたは……別の狙いがあるように感じられます。私はその先を見たい」
その言葉に、何も返さず、僕は再び視線を落とす。
これは単なる調査ではない。
人が、人を喰らう異常な闇が、学園の中に息づいている。
エリスやフレミアには話していないが、魔族の存在がある以上は、その気配を探る。
何よりも、これは未来へ繋がる。僕が真実を突き止めることに必要な行いだ。
レオは、賢者の家系に生まれながらも、賢者にはなれなかった。
それは、大賢者マーベがこの世界にはいるからだ。
だから、レオはアリシアと共に王を目指したのかもしれない。
そのための力をどうやって手に入れたのか? それが今回の焦点になりそうに思える。
レオ、お前は何を捧げた? 何を手にしようとしている?
次に調べるのは……お前のだ。待っていろ。