《side:レオ・シュバイツ》
夜の学園は静まり返っていた。だが、その静けさの中こそ、私の狩場だった。
これまで三人の生徒を誘い込むことに成功した。
「……やっぱり、レオ様って優しいんですね」
地属性の魔法を得意とする女子生徒が、はにかむように笑って僕を見上げていた。
攘夷貴族であり、成績優秀な僕が優しく声を掛ければ、平民の女子など簡単に騙すことができる。
私は女子の笑顔に、穏やかな笑みを返す。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕も、誰かの役に立てるのは誇りなんだ」
「私もなんです! エリスちゃんと共に頑張ろうねって約束しているんです」
「エリスちゃん?」
「はい。特待生として、魔法科の主席の子ですよ。知っていますか? 平民なんですが、多数の魔法を使うことができるんですよ」
エリス……邪魔だな。
笑顔の裏で、心の奥では冷たいものが脈打っていた。
この生徒は、授業中に体調を崩し、保健棟に向かう途中だった。
私は偶然、その場に通りかかり、声をかけた。
もちろん、目をつけていた。
「体調が悪いなら、私の屋敷にある薬草を使おう。実は、僕の屋敷の地下には、古代術式の研究用に静養室があるんだ。そこに簡単な治癒魔法を使える設備もあって、ゆっくりできるよ」
「レオ様の屋敷……? いいんですか?」
「もちろん。君は特別な才能があるし、大切にしたい存在だ。もちろん、無理に誘うつもりはないよ」
その言葉に、彼女は目を潤ませて頷いた。
「ありがとうございます!」
信頼は、簡単に作れる。特に、貴族家系の僕のようなブランドに弱い者ほど。
生徒を連れて、人気のない裏通路を抜ける。
学園と王都を繋ぐ旧時代の地下通路。
今は封鎖されているが、シュバルツ家の魔紋を持つ私にだけは開かれる裏道だった。
屋敷の地下へ。蝋燭の明かりが、儀式室を照らしていた。
中央には、刻まれた血の魔法陣。生徒は目を見開いた。
「……レオ様、ここは……?」
「君の力を、永遠に輝かせる場所さ」
私は振り返らずに呟いた。
「残念だけど、君の魂は、今日で僕のものになる」
戸惑う声。逃げようとする気配。だがもう遅い。
封印術が施された空間に逃げ場などない。
「よくきたな!」
悪魔が少女を捕える。
魔法陣が赤黒く輝き出すと、天井から闇の手が彼女を包み込んだ。
悲鳴。恐怖。裏切られたと知ったときの瞳。
ああ……美しい。
その魂が焼かれ、圧縮され、魔力の奔流へと変換される。
四つ目、受領。
『水・音・聖・地。お前の属性回路に接続完了した』
悪魔の声が魔法陣から響いた。
『この娘の魂、確かに美味であった。疑念と希望と恐怖の混合……いい素材だったぞ』
「っ……く、ああああっ!!」
私の魔力回路に、新たな感覚が流れ込む。
地を震わせる感覚。足元から這い上がるような、鈍重かつ圧倒的な重力の核。
これが、これが地属性か! これまで苦手としていた、土の重圧、地脈の流れ。それらすべてが、まるで幼い頃から扱っていたかのように……手に取るように分かる!
「……これが、力……! 僕が得られなかった、属性魔法……!」
魔法陣に手をかざすと、七属性が一斉に発動した。
七色の魔法陣が空中で輝き、大賢者の顕現のように僕を照らす。
「まだだ。七属性程度では足りない。この世に存在するすべての属性を私のものにするんだ」
私は高揚していた。こんなにも簡単に力を得られる。
こんなにも簡単に才能は手に入る。
『次を連れて来い。力が漲るぞ。今ならば、レオを最強にできる』
「問題ない。次は……闇だ」
狙いはついている。
すでにリストアップ済みだ。
彼らも、僕の言葉を信じてくれている。
次は、誰を選ぶか。どんな感情を刻ませて、どんな絶望を魂に混ぜるか。
笑顔の仮面の下で、僕は確かに笑っていた。
黒魔術研究所、あそこは闇属性ばかりだった。
私が声を掛ければ、ホイホイついてくるバカな女たち。
ライバルだと、烏滸がましく私と張り合おうとした男たち。
全員がバカで、全人が私に騙される。
ヴィクター。
私はお前への復讐の仕方を理解したかもしれない。
すでに、私はお前を超えた。
だからこそ、お前の隣に立って、お前が最高に気分を高揚させて、喜んでいる時に裏切ってやろう。
そうそう、お前と親友になってもいい。
何年先であろうと、お前が私を信じ、背中を預け、何かを成し遂げた際に全てを奪ってやろう。
今度こそ、私がお前を見下ろす日が来る。
魔法は私が上だ。
だからこそ、お前の心を打ち砕いてやる。
「……さあ、次の供物を迎える準備をしないとね。それにあいつの婚約者を奪い取ってやろう」
僕は静かに手を払った。
魔法陣の光がすべてを闇に包み、少女の存在はこの世から完全に消えた。
誰も僕を疑わない。
誰にも僕がしていることがバレることはない。
「最高の気分だ」
「アハっ! こんなところに地下通路があったんですね!」
それは突然のことだった。
屋敷から学園に戻った私を出迎えた一人のメイド。
「なっ?! 貴様は誰だ!? どうしてここにいる?!」
「さぁ、どうしてでしょうか? それでは失礼します」
不気味なほどに美しいメイドが立ち去っていく姿に呆然とする。
「あっ!? おい!」
地下通路がバレたことを気づいて、私は後をおったが、建物の外に出るとメイドの姿は消えていた。
「なんなのだ?!」
物凄く嫌な予感がしていた。