目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第70話

《side:レオ・シュバイツ》


 夜の学園は静まり返っていた。だが、その静けさの中こそ、私の狩場だった。


 これまで三人の生徒を誘い込むことに成功した。


「……やっぱり、レオ様って優しいんですね」


 地属性の魔法を得意とする女子生徒が、はにかむように笑って僕を見上げていた。


 攘夷貴族であり、成績優秀な僕が優しく声を掛ければ、平民の女子など簡単に騙すことができる。


 私は女子の笑顔に、穏やかな笑みを返す。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕も、誰かの役に立てるのは誇りなんだ」

「私もなんです! エリスちゃんと共に頑張ろうねって約束しているんです」

「エリスちゃん?」

「はい。特待生として、魔法科の主席の子ですよ。知っていますか? 平民なんですが、多数の魔法を使うことができるんですよ」


 エリス……邪魔だな。


 笑顔の裏で、心の奥では冷たいものが脈打っていた。


 この生徒は、授業中に体調を崩し、保健棟に向かう途中だった。


 私は偶然、その場に通りかかり、声をかけた。


 もちろん、目をつけていた。


「体調が悪いなら、私の屋敷にある薬草を使おう。実は、僕の屋敷の地下には、古代術式の研究用に静養室があるんだ。そこに簡単な治癒魔法を使える設備もあって、ゆっくりできるよ」

「レオ様の屋敷……? いいんですか?」

「もちろん。君は特別な才能があるし、大切にしたい存在だ。もちろん、無理に誘うつもりはないよ」


 その言葉に、彼女は目を潤ませて頷いた。


「ありがとうございます!」


 信頼は、簡単に作れる。特に、貴族家系の僕のようなブランドに弱い者ほど。


 生徒を連れて、人気のない裏通路を抜ける。


 学園と王都を繋ぐ旧時代の地下通路。


 今は封鎖されているが、シュバルツ家の魔紋を持つ私にだけは開かれる裏道だった。


 屋敷の地下へ。蝋燭の明かりが、儀式室を照らしていた。


 中央には、刻まれた血の魔法陣。生徒は目を見開いた。


「……レオ様、ここは……?」

「君の力を、永遠に輝かせる場所さ」


 私は振り返らずに呟いた。


「残念だけど、君の魂は、今日で僕のものになる」


 戸惑う声。逃げようとする気配。だがもう遅い。


 封印術が施された空間に逃げ場などない。


「よくきたな!」


 悪魔が少女を捕える。


 魔法陣が赤黒く輝き出すと、天井から闇の手が彼女を包み込んだ。


 悲鳴。恐怖。裏切られたと知ったときの瞳。


 ああ……美しい。


 その魂が焼かれ、圧縮され、魔力の奔流へと変換される。


 四つ目、受領。


『水・音・聖・地。お前の属性回路に接続完了した』


 悪魔の声が魔法陣から響いた。


『この娘の魂、確かに美味であった。疑念と希望と恐怖の混合……いい素材だったぞ』


「っ……く、ああああっ!!」


 私の魔力回路に、新たな感覚が流れ込む。


 地を震わせる感覚。足元から這い上がるような、鈍重かつ圧倒的な重力の核。


 これが、これが地属性か! これまで苦手としていた、土の重圧、地脈の流れ。それらすべてが、まるで幼い頃から扱っていたかのように……手に取るように分かる!


「……これが、力……! 僕が得られなかった、属性魔法……!」


 魔法陣に手をかざすと、七属性が一斉に発動した。


 七色の魔法陣が空中で輝き、大賢者の顕現のように僕を照らす。


「まだだ。七属性程度では足りない。この世に存在するすべての属性を私のものにするんだ」


 私は高揚していた。こんなにも簡単に力を得られる。


 こんなにも簡単に才能は手に入る。


『次を連れて来い。力が漲るぞ。今ならば、レオを最強にできる』


「問題ない。次は……闇だ」


 狙いはついている。


 すでにリストアップ済みだ。


 彼らも、僕の言葉を信じてくれている。


 次は、誰を選ぶか。どんな感情を刻ませて、どんな絶望を魂に混ぜるか。


 笑顔の仮面の下で、僕は確かに笑っていた。


 黒魔術研究所、あそこは闇属性ばかりだった。


 私が声を掛ければ、ホイホイついてくるバカな女たち。

 ライバルだと、烏滸がましく私と張り合おうとした男たち。


 全員がバカで、全人が私に騙される。


 ヴィクター。


 私はお前への復讐の仕方を理解したかもしれない。


 すでに、私はお前を超えた。


 だからこそ、お前の隣に立って、お前が最高に気分を高揚させて、喜んでいる時に裏切ってやろう。


 そうそう、お前と親友になってもいい。


 何年先であろうと、お前が私を信じ、背中を預け、何かを成し遂げた際に全てを奪ってやろう。


 今度こそ、私がお前を見下ろす日が来る。


 魔法は私が上だ。


  だからこそ、お前の心を打ち砕いてやる。


「……さあ、次の供物を迎える準備をしないとね。それにあいつの婚約者を奪い取ってやろう」


 僕は静かに手を払った。


 魔法陣の光がすべてを闇に包み、少女の存在はこの世から完全に消えた。


 誰も僕を疑わない。

 誰にも僕がしていることがバレることはない。


「最高の気分だ」

「アハっ! こんなところに地下通路があったんですね!」


 それは突然のことだった。


 屋敷から学園に戻った私を出迎えた一人のメイド。


「なっ?! 貴様は誰だ!? どうしてここにいる?!」

「さぁ、どうしてでしょうか? それでは失礼します」


 不気味なほどに美しいメイドが立ち去っていく姿に呆然とする。


「あっ!? おい!」


 地下通路がバレたことを気づいて、私は後をおったが、建物の外に出るとメイドの姿は消えていた。


「なんなのだ?!」


 物凄く嫌な予感がしていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?