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第73話

 昼下がりの陽光が校舎の石畳を照らしている頃、僕は校舎裏の影に立っていた。


 リュシアの報告によれば、レオは午後から魔法史の講義を受けに教室に向かっている。魔法史は座学だ。最低でも一時間は動かないだろう。


 何よりもエリスに監視も頼んだ。


 リュシアとドイル以外の人間に何かを頼むことは好ましくない。


「任せてください! ヴィクター様のお役に立てるなんて嬉しいです。なんでもしたいです! もしも、ヴィクター様を狙っているなら、レオ様であっても私が魔法で倒しておきますよ?」


 リュシアに地下へ同行させるために、今回は緊急処置だ。


「倒さなくてもいい。僕が知りたいのは真実だけだ」

「はい! 監視だけ任せてください」


 エリスが嬉しそうな顔で応じてくれたので、レオのことは任せた。


 レオのことなどどうでもいい。事件のこともどうでもいい。


 だが、真実を知るために、今が好機だ。


「準備は整ってるか?」

「アハっ! もちろんよ、ご主人様。扉も封印も、あたしの魔力感知なら余裕よ。見つからずに抜けられるわ」


 リュシアは、黒の外套に身を包み、普段のメイド服とは違って魔族仕様だ。


 その姿で、地下道を静かに歩いていく。


 暗闇の中だと、本当に闇に溶け込む魔族だ。


 僕たちは、旧王政時代の名残として残る賢者シュバルツが残した地下通路へ足を踏み入れた。


 レオは自分の屋敷までの道なりを覚えているから迷うことはないだろうが、僕らは初見で攻略しなければならない。


 この通路は、もともと緊急時の王族や貴族の避難経路として造られたものだった。


 それを今の時代になって、シュバルツ家が利用している。


 学園側では、正式に通行不可能扱いになっている。


 それを利用して、レオは生徒を誘い込んでいたようだ。


「わかるのか?」

「アハっ! ご主人様、私は魔族よ。魔力の扱いは超一流なの。それに地下に入ってからプンプンと魔族の匂いがしているわ」


 封印が施されていた場所も、僕の無効化魔力があれば、意味をなさない。


「ほらね、ご主人様。古代の封印って、単純なのよ。感情の揺らぎを利用するだけで……もう、ご主人様には何も意味がないわね」


 邪魔な封印を排除して、進んでいく。


 地下通路は、湿り気を帯びた冷たい石の匂いが満ちている。時折、上から垂れる水滴の音だけが、僕たちの足音に混じる。


 数百メートル先。


 そこに、目的の場所がある。


 シュバイツ侯爵家の屋敷、地下の儀式室。


「……ここだな」

「ええ、間違いないわ。さっきよりも魔力の残滓が強くなっているわね。それに血と、苦悶と、喜悦……供物の痕跡ね」


 リュシアが指先をかざすと、空間の魔力が微かに震えた。


 そして、巨大な石扉が姿を現した。


「魔族特有の古い魔語と、魔法陣の断片ね」


 人間が解読するには不可能な文字列、けれど、リュシアには理解できた。


「開けるわね」


 ズン、と腹の底に響くような衝撃とともに、扉がきしみを上げて開いた。


 中に広がっていたのは、儀式場。


 いや、屠殺場と呼ぶにふさわしい空間だった。


 蝋燭が数本残っている。中心に赤黒く染まった魔法陣。そして、その上に……干からびた血痕と、焼き焦げた金属の破片。


 魔力が、まだ空気中に残っている。粘りつくような、それでいて鋭い波動。


「アハっ! 正解……これは、他者の魂を砕いて取り込んだ痕ね」


 リュシアが吐息混じりに呟いた。


にえとして捧げられた魂を、魔法核へと変換して吸収……こんな強引なやり方、古代でもほとんど使われてない。リスクが高すぎて、それにあまり賢い相手ではなさそうね」

「だが、レオは成功してる。七属性、それも他人の属性を手に入れた」


 僕は中央の魔法陣に近づき、手をかざした。


 淡く、魔力の痕跡が指先に触れる。


 苦悶

 驚愕

 信頼の崩壊。


 一瞬、残留思念が僕の中に流れ込んできた。


 魂の中に刻まれた感情が、儀式によって無理やり破壊されて力へと変換された。


「……リュシア。これを使ったのは間違いなくレオだ」

「確定ね。魔力の中心は彼のものが混ざってる。間違いないわ」

「なら、これはもういい。あとはレオが僕を裏切るきっかけはなんだ?」


 そう呟いた僕の胸に、ある種の確信と、同時に割り切れない感情が芽生える。


「ねぇねぇ、ご主人様。これって彼の研究記録じゃないかしら?」


 リュシアが僕に差し出したのは、レオの文字で書かれた研究書だった。


 そこには悪魔召喚から、そして生徒たちを誘導して、ここで力を奪う儀式を行なったこと。


 そして、シュバルツ家の落ちこぼれとして、平凡な自分自身への怒り。


 最後に、ヴィクター・アースレイン。


 僕への怨みつらみ、フレミアという聖女を手に入れた嫉妬。


「こんなことのために僕を断罪したのか?」

「アハっ! 案外、そういう気持ちは人にはわからないものよ。ご主人様にとってはどうでも良いことでも、その人にとっては人生をかける価値があることだったのかもしれないわ」


 未来で成り上がった僕への嫉妬。

 アリシア、(今はフレミア)がいることへの嫉妬。

 他者への嫉妬など。


 様々な他者に対する怒りが綴られていた。


「ご主人様、どうするの? これを王城に持ち込む? それとも、彼と……直接、話す?」


 リュシアの声が、闇に溶ける。


 僕は答えを出せなかった。


 だが、一つだけ確かだった。


 レオ・シュバイツは、すでに人を超えた場所に足を踏み入れている。


『そこにいるのは誰だ?』


 突然、魔法陣が光を放った。


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